●WOWOW 新東宝『地帯(ライン)』シリーズ特集(蔵出し原稿)

2020年03月29日

[以下に蔵出しするのは、2016年6月、WOWOWでの新東宝『地帯(ライン)』シリーズの特集放送に合わせて、筆者が旧ブログ「In A Lonely Place」にその紹介記事を個人的に書いたもので、この特集は既に終了し、近日、再放送の予定があるわけでは格別ないことを、初めにお断りしておきます。どうかお間違いのないように。いまや映画を鑑賞する方法やツールはさまざまにあるので、拙文を読んで興味を持たれた方は、各人の自助努力でその先をぜひお楽しみください]


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週明けの6月20日からWOWOWで、「日本映画コレクション:地帯(ライン)シリーズ一挙放送」と題し、日本映画界屈指の異端児・石井輝男が新東宝時代に連作してその特異な個性と才能を大きく開花させた彼の初期の代表作、『地帯(ライン)』シリーズの5作品が特集で放映される(シリーズ最終作の『火線地帯』を除いて、監督はいずれも石井輝男。『火線地帯』では、石井輝男は共同脚本のみで演出は後進に譲り、それまで彼の助監督を務めていた武部弘道が、最初にして最後の監督を務めた)。


  • 『白線秘密地帯』(1958)
  • 『黒線地帯』(1960)
  • 『黄線地帯』(1960)
  • 『セクシー地帯』(1961)
  • 『火線地帯』(1961)


例によって筆者も、そのうちの一部のデータ解説の裏方仕事を手がけたので、紹介するのがすっかり遅くなってしまったが、ここでまた宣伝に相努めたい。

https://bit.ly/2wJKlPO


上記の作品群は、これまでにも名画座やCSなどで繰り返し上映・放映され、また既にソフト化もされていて(ただし、現存する原版プリントに一部欠落がある『白線秘密地帯』のみ、単品での発売はなく、『地帯』シリーズ・コンプリートのDVD-BOXの中に特典として収録)、今回のWOWOWでの特集は、決してレアな企画とは言い難い。とはいえ、毀誉褒貶をものともせず、エログロ主体のゲテモノ的な見世物趣味に徹して、娯楽映画のフィールドを縦横無尽、傍若無人に荒らし回り、その裾野を広げるのに大きく貢献した、日本きってのカルト映画の帝王、石井輝男の特異な映画世界の一端を知る上で、この『地帯』シリーズは、やはり御誂え向きの魅力的なプログラム。危険で妖しい石井ワールドに既にどっぷり浸っているコアな映画マニアも、世の中には相当数棲息しているだろうが、幸か不幸か、まだ彼の世界を知らない健全な一般社会人の方が多いことは、まず間違いないと思われるので、ここであらためて彼についてざっと駆け足で紹介することにしよう。

奇しくも1924年の1月1日にこの世に誕生した石井輝男は、増村保造や岡本喜八と同年生まれ。そして、鈴木清順は1年早い1923年生まれ。所属する映画会社はお互いに異なるものの、監督デビューは、鈴木清順が1956年、石井輝男と増村保造が1957年、そして岡本喜八が1958年と、ほぼ同時期のスタートとなり、彼らはそれぞれ独自のモダンな方法で、戦後の日本映画界に新風を吹き込んでいくことになる。あまり単純な世代論で一括りに語るのも乱暴ではあるが、戦時中に青春時代を送り、20歳を過ぎたところで終戦を迎え、戦前から戦後へとガラリ180度違う価値観の転換に立ち会った彼らの作風とスタイルには、各自の個性の違いを超えて、やはりどこかドライで醒めていて、割り切って思いきったことをするという点で、大きな共通性が見て取れるように思う。

戦後すぐに起きた東宝争議による分裂騒ぎを契機に発足し、やがて大蔵貢という名物ワンマン社長の号令一下、エログロ主体の徹底した大衆娯楽映画路線を敷いて一時的に徒花を咲かせた短命な映画会社・新東宝でその個性を磨くことになった石井輝男は、1957年にデビューして以来、会社のカラーに見合うプログラム・ピクチャーの有能な職人監督として、低予算の小品娯楽映画を矢継ぎ早に発表して活躍。そしてデビュー翌年の1958年、『地帯』シリーズの前哨戦ともいうべき『女体桟橋』に続いて彼が手がけることになったのが、同シリーズの第1作にあたる『白線秘密地帯』だった。

そもそも、この新東宝の映画『地帯』シリーズが誕生することになったきっかけは、1956年、戦後の日本社会において売春防止法が制定されたこと。2年後の1958年4月1日から同法が完全施行されたことに伴い、それまで公認の売春地帯だった赤線が正式に廃止される一方で、地下に潜った風俗嬢や秘密組織が、姿や場所を変えて非合法の売春活動を展開することとなった。そうした危険でいかがわしい犯罪地帯の知られざる実態を、刑事やトップ屋などを主人公に据え、随所にお色気場面を配しながら、テンポよく軽妙かつスリリングに描き出すのが、この『地帯』シリーズの大きなセールスポイント。赤線の廃止から約半年後の1958年9月に封切られたシリーズ第1作の『白線秘密地帯』は、当時まさにホットでタイムリーな題材を扱っていたことが、ここからも窺い知ることが出来るだろう。

『地帯』シリーズの一番の見どころは、やはり何といっても、当時まさに売り出し中の新東宝の人気グラマー女優にして、この時期の石井輝男監督の最大のミューズともなった三原葉子の魅力的な存在感。シリーズの全作に、風俗嬢や踊り子など、さまざまな役柄のヒロインに扮して登場する彼女は、『黒線地帯』では悩殺的な下着姿とポーズでトップ屋の天知茂を誘惑したり、『セクシー地帯』では、銀座の街頭に佇んでいたサラリーマンの吉田輝雄を突如思いも寄らぬ暗黒世界へ引きずり込む女スリを演じたりもしているが、本シリーズにおける彼女の役割は、フィルム・ノワールで男性主人公を死の淵へと誘う甘く危険な女性=ファム・ファタールというよりも、むしろ、コケティッシュな女の魅力と頭の回転の速さを随所で発揮して、男性主人公と共にさまざまな窮地をくぐり抜けていく、愛らしい相棒と呼ぶ方がふさわしい。

(*まずは、『黒線地帯』の予告編はこちらhttps://bit.ly/3bu8456

丸ポチャッとした彼女の顔は、とびきりの美人とは言い難いが、まるでコスプレ感覚でさまざまな役柄をいかにも嬉々として愛嬌とユーモアたっぷりに演じる三原葉子の愉快なキャラクターは、他の日本映画ではなかなかお目にかかれないユニークなもの。公開当時、あの淀川長治氏がいち早く彼女に注目してその個性的な演技と魅力を激賞したというのも、充分に頷けるところだ。『黄線地帯』の劇中で彼女が披露する官能的な踊りもさることながら、『セクシー地帯』の中で秘密クラブのボスに捕まった彼女が、「体は良さそうだな」と問われて「バスト99、ウェスト64、ヒップ99よ」とあっけらかんと答えてのけ、「外人好みだね」というボスに対し、「国際的水準よ」とすました表情で応じるあたりもなかなか素晴らしくて、つい笑みがこぼれてしまう。

『黄線地帯』
『黄線地帯』

銀座や新宿、浅草など、当時の東京の盛り場の街の表情や、非合法の売春活動がひそかに繰り広げられる夜の歓楽街の知られざる風俗スポットの様子などを、街頭ロケを多用してセミドキュメンタリー風に活写したゲリラ的な撮影スタイルも、『地帯』シリーズのドラマの臨場感と緊迫感を高める上で大きく貢献している見どころの一つ。その一方で、シリーズ唯一のカラー作品となった『黄線地帯』では、それとは対照的に、殺し屋の主人公・天知茂がしばらく身を潜める神戸のカスバの街を、新東宝の美術スタッフ陣が総力を結集してスタジオ内にセットで作り上げ、いかにも石井輝男好みの猥雑な雰囲気に満ち溢れた不思議な迷宮世界を生み出しているのも、ぜひ見逃せないところだ。

『地帯』シリーズを相次いで発表した後、石井輝男は、新東宝の倒産を契機に東映に移り、御存知、高倉健主演の『網走番外地』シリーズで大ヒットを飛ばし[計18本生み出された同シリーズのうち、石井輝男が監督を手がけたのは第1作から第10作までの10本(1965-67)]、さらには、『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』、『異常性愛記録 ハレンチ』、『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(いずれも1969)、等々、ここにそのあまりにハレンチで煽情的な題名を書き並べるのさえ、気恥ずかしくてつい赤面してしまう、通称"異常性愛路線"と呼ばれる怪作・問題作をたて続けに放って(ほかにも言及すべき作品はいろいろあるが、到底紹介しきれないので、ここではあえて省略)、より一層過激でアナーキーなエログロの娯楽映画世界をとことん極めることになる。

さすがにその辺のハードでディープなキワモノ怪作群ともなると、そうおいそれと気安く皆にオススメするわけにはいかなくなるが、彼が長い監督キャリアの初期に手がけたこの『地帯』シリーズは、これらの猟奇的でドロドロした作品群とはまたひと味もふた味も違って、知られざる暗黒社会のきわどい題材を、切れ味鋭い演出でテンポよく軽妙にさばいた、最良の和製B級ノワールともいうべきスマートで洒落た現代犯罪劇。これまで石井輝男の映画世界に接する機会のなかった映画ファンにとっては、今回のWOWOWの特集は、日本娯楽映画史上最大の秘境というべき未知なる暗黒大陸への格好の入門編となるに違いない。試しに『黄線地帯』や『セクシー地帯』などを見て気に入った方は、ぜひ勇気を振り絞って、お先へどうぞ。ただし、そこからまた元の日常世界へ平穏無事に戻れるかどうか、筆者としては保証いたしかねるので、どうかくれぐれもご用心を。

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さて、ここから先は、いささか細かい仕事の内輪話になるので恐縮だが、今回、この『地帯』シリーズ5作品の解説記事やデータの作成をしている過程で、従来一般的に流布してきた映画の基礎的なデータにいくつか誤りが見つかり、今回WOWOW映画部の方で(他のライターたちと共に裏方仕事を手伝った筆者も、いちおう関係者の一人ということになる)それを訂正したので、ここにその旨、はっきりと断り書きをしておきたい。

はじめにそれを明示しておくと、いずれも劇中人物の役名の表記だが、以下の通り。

  •           (旧・誤)          (新・正)

  • 『黒線地帯』    三原葉子の役名:摩耶    →  麻耶

  • 『セクシー地帯』  三条魔子の役名:滝川玲子  →  滝川冷子

  • [ちなみに、同作のクレジット表記では、本来、三「條」魔子名義だが、WOWOWの表記ルールでは、三「条」魔子で統一]

  • 『火線地帯』     田崎潤の役名:重宗    →  重森

ここで一応、その説明のために、筆者がふだん手がけているWOWOWの仕事の内容にもざっと簡単に触れておくと、WOWOWで毎月放送する映画作品の「番組紹介/解説」と「内容/物語」の短文を書くことが一つ。それと同時に、映画作品の主要スタッフ・キャストなどの基礎的なデータに関しても、インターネット・ムーヴィー・データベース(IMDB)や日本映画データベース(JMDB)、KINENOTE、allcinemaなどの各種データベースをはじめ、さまざまな映画文献、そしてまた、最近の作品であれば、各映画の公式サイトのホームページやプレス資料などを能う限り参照した上で、それをきちんとWOWOWオンラインに載せるのが、我々裏方ライターたちのお勤めの一つ。

そんなの簡単、誰にもできる朝飯前の仕事じゃん、とおおかたの人はお思いでしょうが、そうは問屋が卸さないのが、この仕事のつらいところ。どの資料やデータベースを参照しても、データが寸分違わずぴたりと一致するなら、何の問題もなく、また原則的には当然そうあってしかるべきなのだが、複数の資料の間で記載データにズレが生じていることはままある事態で、そうした場合、さて、どれが正しいのかと、しばし思案に暮れることとなる。

例えば、日本映画でしばしば悩みの種となるのが、作品の登場人物の役名の件。複数の資料の間で役名に異同が生じた場合、いざ現物の作品のクレジット画面で最終的に確かめようと思っても、昨今のハリウッド映画のように、映画の最初や最後に、俳優たちの名前とその役名が並記されて、ずらずらといつまでも長ったらしく紹介されるのとは違って、日本映画の場合、会社や時代の違いにもよるが、クレジット紹介にキャストの役名まではいちいち載せずに省略されるケースも多い。新東宝が末期に作り上げた『地帯』シリーズの5作品は、まさにそれに当てはまる。

かくして、今回異同が見つかって問題になったその一例として、『黒線地帯』の劇中で三原葉子が演じたヒロインの役名は、実際に映画に目を通して、劇中人物たちの台詞のやり取りから「マヤ」であることまでは分かっても、それに宛てる正しい漢字が「摩耶」か「麻耶」か、にわかには判断がつかないこととなる。

さて、今回WOWOWが、『黒線地帯』の劇中の三原葉子の役名のマヤを、これまで多くのデータベースで記載され、それに依拠する形で他の文献や文字資料、ブログ記事などに無数に孫引きされてきた「摩耶」ではなく、「麻耶」の側を最終的に採用することに決めた根拠は、映画の撮影のために用意された台本。むろん、この台本に記載された配役や台詞などが、撮影直前、ないし撮影中に随時変更されていくケースも当然あって、一概にこれを絶対的な証拠物件とみなすわけにもいかないが、しかしきわめて有力な一次資料とは言えるだろう。先に記した他の2作品の例に関しても、やはり当該映画の撮影台本を根拠に、今回WOWOWが、旧来の誤りを正すことにした次第。

これは筆者も大いに自戒と反省を込めていうのだが、データ資料的なものをひとたびうっかり誤って作成・公表してしまうと、それが思いがけず世の中にそのまま流布してしまって、それを正そうにもすっかり時機を逸し、引っ込みがつかなくなることが多い。もし今回のこの拙文を目にして、自らの誤りに気づいたデータ作成関係者がいるようであれば、どうか早めに訂正処理をよろしくお願いします。


[2016.6.19 旧ブログ「In A Lonely Place」にアップ]