●WOWOW 増村保造×若尾文子特集(蔵出し原稿)

2020年02月25日

今週末の2月28日から、角川シネマ有楽町で「若尾文子映画祭」が開催される。

https://bit.ly/2TbxTj9

今回開催される「若尾文子映画祭」は、「幾多の巨匠たちに愛された映画女優・若尾文子の代表作を一挙上映!」と最初にも謳ってある通り、日本映画の黄金期、計20もの作品で名コンビを組んだ増村保造監督をはじめ、溝口健二、小津安二郎、市川崑、川島雄三、吉村公三郎、三隅研次、等々、さまざまな巨匠、名匠たちと組んで彼女が生み出した代表作の41本を、一ヶ月以上にわたって一挙特集上映するというもの。

なかでも、谷崎潤一郎の濃密な小説世界を増村保造監督×若尾文子の名コンビが鮮烈なタッチで映画化した傑作、『刺青』(1966)が4Kデジタル復元版で初披露されるのが、今回の特集の目玉の一つ。そしてまた、これまであまりお目にかかる機会のなかった彼女の初期の未ソフト化の出演作が上映作品の中にちらほら混じっているのも、ファンには嬉しいニュース。

それに合わせて、筆者が以前の2016年秋、WOWOWで増村保造×若尾文子の名コンビの作品を特集放送した際、旧ブログの「In A Lonely Place」に書いた紹介記事を蔵出しすることにします。なお、この特集放送は既に終了し、近日、再放送の予定があるわけでは格別ないことを、はじめにお断りしておきます。どうかお間違いのないように。

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WOWOWで来月、「日本映画コレクション:増村保造没後30年とそのミューズ若尾文子」と題し、2016年11月23日に没後30年を迎える名匠・増村保造監督(1924-1986)が、戦後の日本映画界を代表する大女優のひとり、若尾文子と名コンビを組んで放った珠玉の5作品が特集で放映される。

  • 『青空娘』(1957)
  • 『妻は告白する』(1961)
  • 『清作の妻』(1965)
  • 『赤い天使』(1966)
  • 『華岡青洲の妻』(1967)

例によって筆者も、そのうちの一部のデータ解説の裏方仕事を手がけたので、ここでまたぜひ紹介・宣伝に相努めることにしたい。

https://bit.ly/2ViFBKX


D・W・グリフィスとリリアン・ギッシュをはじめ、ジョーゼフ・フォン・スタンバーグとマレーネ・ディートリッヒ、ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマン、ジャン=リュック・ゴダールとアンナ・カリーナ、ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズ、等々、百数十年に及ぶ映画の歴史は、監督と女優との運命的な出会いが生み出した幾多の名作と神話的伝説に彩られているが、増村保造と若尾文子の顔合わせもまた、溝口健二と田中絹代、小津安二郎と原節子、成瀬巳喜男と高峰秀子などと並んで、日本映画界が世界に誇る屈指の名コンビのひとつ。

溝口、小津、成瀬と、ここにいま名を挙げた日本の3監督が、戦前の無声映画時代から長い下積み生活を経て巨匠の座へと上り詰めた叩き上げの古参であったのに対し、彼らとはほぼ二回り若い1924年生まれの増村は、戦後まもなく、旧制東京帝国大学法学部を卒業後、エリート官僚への道を捨てて映画会社の大映に入社し、助監督修行を積む傍ら、東京大学文学部の哲学科に再入学。同科を卒業後はさらに、イタリア、ローマの実験映画センターに2年間留学したという異例の経歴を持つ、バリバリの戦後世代の知性派の俊英(ちなみに増村は、帝大法学部ではあの三島由紀夫と同期生で、やがて2人は、映画『からっ風野郎』(1960)で、それぞれ監督と主演男優という立場で再会。かねてからのファンだったという三島のご指名により、若尾文子との共演が実現する一方、三島は撮影現場で増村から厳しい演技指導を受け、散々しごかれるはめとなる)。

日本と同様、強権的なファシズム体制と第二次世界大戦の敗戦によってすっかり荒廃したイタリアに映画留学して、そこで意外にも、権力と組織の下で消滅したはずの人間が、明るく楽しく堂々と生きているさまを目の当たりにしてすっかり驚き、「なによりもまず「個人」を、強烈な本能と、がっちりした論理を持つ人間を描こう。ただそれだけを、馬鹿の一つ覚えのように思いこんで日本へ帰ってきた」という増村(『映画監督 増村保造の世界』所収「イタリアで発見した『個人』」)。彼は、その固い信念を自らの映画作りの根幹に据え、従来の日本映画をどっぷり浸していた日本的な情緒や感傷的な雰囲気描写をあえて意識的に排除し、時に誇張が過ぎると批判されようとも、個人の意志や欲望を力強く鮮明に押し出した独自のユニークな作品を次々と放って、日本映画に新たな風を吹き込んでいった。

ここで増村が、自ら抱いたヴィジョンを最も鮮烈かつ魅力的に体現してくれる生身の実体として見出した最高の女優にして最大のミューズこそ、ほかならぬ若尾文子だった。2人のコンビ作は、増村の監督第2作の『青空娘』を皮切りに、今回のWOWOWの特集で放映される5作品をはじめ、『「女の小箱」より 夫が見た』(1964)、『卍』(1964)、『刺青』(1966)、『濡れた二人』(1968)、そしてついに2人のコンビの最終作となった『千羽鶴』(1969)まで、足掛け12年の間に、実に計20本に及ぶ(大映が1971年に倒産しなければ、あるいはもう少し継続していたかもしれない)。これだけ質量ともに濃密で充実した協働作業を行なった監督と女優コンビも、古今東西の映画史において、そうはないはずだ。


そして、ここがまた大事なポイントだが、若尾文子というひとりの女優は、増村監督の理想の女性像を都合よく体現してくれる、ただの美しくて綺麗な操り人形や入れものなどでは決してなく、若尾文子本人もまた、自らの意志と欲望をしっかり兼ね備えた一個人だった。1987年夏に刊行された季刊映画雑誌「リュミエール」8号のインタビューにおいて、若尾文子は次のように刺激的で興趣に溢れる発言をしている。

  • 「増村さんの場合は、何かあの、何というかなぁ、対増村さんとのね ― 増村さんからすれば、きっと、笑止千万なんてお笑いになるかもしれないんだけれど、何かある種ね、相当な何というかなあ......戦いみたいな気構えがないと、とってもだめなんです。やっつけられるんですよ、最初に。だから、最初に、何かあちらから来るものをちゃんと受けとめられるだけのあるものを持ってないと、終始最後まで押されっぱなしで、受け身、受け身で終わってしまうところがあるんですね、あの方の場合は。」

そしてさらに彼女は、「いま思い出すと、増村さんの仕事で、一本だけ、つまり先手を打てたものがあるんです」として『妻は告白する』を挙げ、「あれは、私はそのときに、ああ、やっと私が勝った(笑)とか思ったわけね」と述べている。

今回のWOWOWの特集では、各作品の劇中において、若尾文子扮するヒロインがさまざまな逆境の中で繰り広げる必死の闘いはもちろんのこと、若尾文子というひとりの女優が、映画の撮影現場において増村監督と繰り広げた緊迫したギリギリの闘い、そして作者たる彼の思惑や計算を超えて燦然と光り輝く彼女の崇高で美しい姿をも、ぜひ存分に堪能して欲しいと思う。

なお、以前に筆者が書いた(若尾文子の主演映画だけには限らないが、今回の特集の5作品にもそれなりに触れた)大映時代をメインにした増村映画論があるので、ぜひ併せてご参照ください。

https://bit.ly/2TaMNG9



[2016.10.29 旧ブログ「In A Lonely Place」にアップ。]