●2018年 映画ベストテン

2019年01月15日

年末年始の恒例行事ともいえるこの手の類いのリストアップと選別作業は、映画ファン同士の気楽な会話の話題にはもってこいの定番の材料であるものの、その一方で、日頃は怠惰で本来の仕事を留守にしがちな多くの映画評論家やシネフィルたちが、この時ばかりはと、年に1度、自らの現場不在証明のため、ないしは免罪符交付の認可手続きのためにお上に差し出す決算報告書めいた雰囲気もどこかつきまとい、それよりはまだ、その時々に応じて個々の作品を丹念に紹介する方が幾らかましだろうと思って、個人的にはずっと長らく原則的に敬遠していた。

けれども、かくいう筆者自身、一昨年の秋に旧ブログを不測の事態で一挙に消滅させてしまって、映画について長い文章を書ける最後の砦を自ら引き払い、昨年は(無記名での裏方原稿仕事は従来通り続けているものの)現場での接点の多くを失ったまま、さて一体どうしたものかとあれこれ悩み、切歯扼腕しながら、無為な月日をじりじりと過ごす羽目に相成った。

その間にも無論、映画は続々とひっきりなしに我々の周囲に押し寄せ、劇場で封切られる洋邦の新作映画はもとより、旧作映画のソフト化の拡充や、BS、CS等での映画放送チャンネルの増加、さらにはYouTubeの登場や動画配信サービスの普及、等々によって、映画を観賞・受容する環境や形態もすっかり多様化し、今やわざわざ劇場やレンタルソフト店にまで足を運ばずとも、個々人がいつでも好きな時に好きな場所で映画を気軽に楽しめる状況が、着々と整備されつつある(作品の選択数にまだ限りがあるとはいえ、例えば、オーソン・ウェルズの幻の未完映画のひとつとか、気になる実力派監督たちの最新作がそこでしか見られないとなると、やはり画面サイズの大小とかには目をつぶってでも、ついNetflixを試してみたくもなるのが、映画マニアの悲しい性(さが)というやつで...)。

今さらながらの繰り言と言い訳になるが、そうした古今東西の無数の映画を仕事の合間に日々精力的に追っかけて、個々の作品について1本1本丁寧に紹介・記述することは、もはや今日、一個人のレベルの能力を遥かに超えた難行苦行であり、それこそ『ミッション:インポッシブル』シリーズのトム・クルーズ並みの尋常でない知力・体力が必要とされるだろう。

さて、そんなわけで、今回、筆者も自らの不甲斐なさ、後ろめたさを潔く認めた上で、2018年の個人的な映画ベストテンを、いちおうの昨年の決算報告書代わりにおずおず差し出すことにしました。


(*リストの並びは、筆者が作品を見た順番で、評価の順番とは無関係)

  • ・『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』(2016  ジェームズ・グレイ)
  • ・『心と体と』(2017 イルディコー・エニェディ)
  • ・『あなたはわたしじゃない』(2018 七里圭)
  • ・『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』(2017 スティーヴン・スピルバーグ)
  • ・『30年後の同窓会』(2017 リチャード・リンクレイター)
  • ・『ファントム・スレッド』(2017  ポール・トーマス・アンダーソン)
  • ・『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017 ショーン・ベイカー)
  • ・『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』 (2018  クリストファー・マッカリー)
  • ・『寝ても覚めても』(2018 濱口竜介)
  • ・『ROMA/ローマ』(2018 アルフォンソ・キュアロン)


J・グレイ、R・リンクレイター、P・T・アンダーソン、等々、長年のお気に入りの映画作家たちがそれぞれ新作を発表して、昨年はここ数年の中でもそれなりに粒が揃ってアメリカ映画が充実していたように思う。『犬ヶ島』(2018 ウェス・アンダーソン)が僅かな差でリストからこぼれ落ちてしまったのに引き換え、『15時17分、パリ行き』(2018 クリント・イーストウッド)がはじめからリスト圏外となってしまったのは、筆者としても何とも残念で心苦しいところ。『グラン・トリノ』(2008)以来の監督・主演作となる最新作、『運び屋』(2018)で雪辱を果たしてくれることを切に期待したい。『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017デイヴィッド・ロウリー)や『クワイエット・プレイス』(2018 ジョン・クラシンスキー)もなかなか良かったが、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017 ギレルモ・デル・トロ)や『アンダー・ザ・シルバーレイク』(2018 デイヴィッド・ロバート・ミッチェル)は、今さらという感じで既視感ばかりが全編につきまとい、さほど買えなかった。

評価はいちおう順不同としたものの、個人的にはやはり『ファントム・スレッド』が頭抜けて一番か (エンド・クレジットの最後に、この映画をジョナサン・デミに捧ぐ、と出た時には、思わずはっと胸を衝かれて目頭が熱くなってしまった)。ジョニー・グリーンウッドの映画音楽も、従来のPTA作品の路線とは異なる優美なものとなっていて大いに驚き、かつ深く魅了され、本作のサントラは、同じくレディオヘッドのトム・ヨークが映画音楽を初めて全面的に手がけた『サスペリア』(2018ルカ・グァダニーノ)のサントラと並んで、昨年最も愛聴したアルバムの一つ。

それと、上記のベストテン・リストとは別枠で、やはり『風の向こうへ』(2018 オーソン・ウェルズ)を挙げておくことにしたい。

そして、最後にもう一つ、いささか私事にわたるささやかな出来事ながら、昨年、個人的に最も記憶に残った印象的な映画体験が、年末、吉祥寺に新しくオープンしたばかりの映画館UPLINK吉祥寺で、そのオープニングの初日の特別企画として催された『荒武者キートン』(1923バスター・キートン&ジャック・ブライストン)の上映会。

子供の頃からキートンは大好きで、彼の絶頂期である1920年代の無声喜劇の傑作群は、短編・長編を問わず、ひと通りすべて見ているが、今回の『荒武者キートン』の上映会は、サイレント映画のピアノ伴奏の第一人者である柳下美恵さんのピアノ生伴奏に加えて、思いも寄らぬピンチに次々と見舞われる我らが主人公キートンを懸命に応援すべく、映画の上映中、観客がタンバリンや笛などの鳴り物を賑やかに鳴らしたり、やんやとばかり拍手喝采を送って大いに囃し立てたりできるという、観客参加型のなかなかユニークで楽しい催し。

旧知の友人夫妻に誘われてこの上映会を一緒に見に出かけた筆者は、さらにそこで、まだ1歳半にも満たない夫妻の愛らしいお嬢ちゃんの映画館デビューという初体験の場に立ち会うことにもなったのだった。周りが賑やかであれば、映画の上映中、赤ん坊が多少泣き声を立てても大丈夫と、事前に上映スタッフにお伺いを立てて優しいお許しの返答を得た上で、さて一体どうなりますやらと、我々一同、万が一の場合にはすぐ館外へも飛び出せるよう、後部座席の端の方に陣取って、おっかなびっくりの臨戦態勢で上映会に臨み、いざ映画が始まり、場内が暗くなると同時に、やはり半ば危惧していた通り、赤ちゃんが泣き出してしまったり、途中からは母親の腕の中ですっかりおとなしくなってすやすや眠ってしまったりと、『荒武者キートン』の波瀾万丈の物語のさらにその上を行くハラハラドキドキを筆者自身も味わいながら、我が小さな「おともだち」たる「ラッキー嬢ちゃん」(©高野文子)の70分弱に及ぶささやかな大冒険は、どうにか無事つつがなく終了したのだった。やれ、めでたし、めでたし。

はたしてどこまで当のお嬢ちゃん本人が、映画館での生まれて初めての映画体験を自らの心と体でしっかり受け止められたかどうかは、残念ながら何とも分からないが、しかしそれでも彼女が、スクリーン上に映し出される自分とほぼ同年齢の赤ちゃんの姿などを見て敏感に反応を示すさまを、そのすぐ間近でじっくり観察できる機会に立ち会えたことは、筆者にとっても何とも得難い貴重な体験であり、啓示的な瞬間であったことはたしか。

自分にとっての原初的な映画体験が何だったのか、今となってはもう記憶の遥か彼方だが、ここらでいま一度、ぜひ無心に立ち返って、映画と素直に向き合いたいと思う今日この頃。

さて、というわけで、正月明け早々、昨年末から引きずっていた仕事の山を片付けるのに追われ、ブログの始動がすっかり遅くなってしまったが、本年もどうぞよろしくお付き合いください。