●音楽を通して、Let’s Go To The Movies !                  ― 一風変わったサントラ紹介①

2020年05月05日

思いも寄らぬコロナ禍により、世の多くの映画ファンたちが映画館に通う楽しみを奪われ、映画館、ひいては映画文化そのものが、大きな存続の危機に直面していることを、前回の拙文で書き記した。

昨日の政府の方針発表で、先に5月6日までとしていた緊急事態宣言を今月末の31日まで延長することが正式に決定され、とりわけ13の「特定警戒都道府県」については、これまで通りのコロナ感染予防対策が維持される一方、残りの34県については、休業を余儀なくされていた一部の公共および商業施設の再開が認められ、映画館もその対象に含まれるという。それを受けての各県の今後の具体的な対応方針は、これからおいおい発表されるだろうが、映画を映画館という場で安心して見て楽しめるまでには、どうやらまだしばらく時間がかかりそうだし、その一方、家で見られる映画を自宅であれこれ試して見てみるのもいい加減食傷気味で、そろそろ飽きてきた、という人もいるのではないだろうか。

というわけで、今回は趣向を変えて、一風変わった映画のサントラを幾つか紹介しながら、普段とはちょっと違う別の映画の楽しみ方を皆さんにもぜひ味わっていただけたら、とふと思い立った次第。ただし、ここであらかじめ断わっておくと、これから紹介するサントラは、多分にこちらの性格や趣味嗜好を反映して、いわゆる通常の劇伴音楽とは異なり、ひねったアイディアや手法を駆使したヘンテコなテイストの物ばかりなので、あまりお口に合わないという方は、どうかお許しあれ。


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さて、前置きはこれくらいにして、早速、本題に入ることにしよう。

ここでぜひ真っ先に紹介したいのは、知る人ぞ知る稀有な逸材の女性シンガー、ペトラ・ヘイデンが2013年に発表した超ユニークな名盤、その名も「Petra Goes To The Movies」。

アーティストやアルバムの紹介は、この先おいおい書くことにして、まずはイントロ代わりに、この曲からどうぞ。

そう、言わずと知れた、映画『スーパーマン』(1978 リチャード・ドナー)のお馴染みのテーマ曲ですね。ただし、本来ならあのジョン・ウィリアムズの作曲・指揮によるシンフォニック・オーケストラ・サウンドが壮麗に鳴り響くはずのところを、ここではなんと、ペトラがすべての楽音を自らの多彩なヴォーカルでこなし、マルチ・トラックによる多重録音を駆使して、アッと驚く「ひとりアカペラ」に仕立て直しているのが、思わず目からうろこが落ちるような斬新な発想で、惚れ惚れとするくらい実に素晴らしい。

重低音から高音まで幅広い声域を自在に使い分けながら生み出された、まさに超絶技巧の離れ業としか言いようがないのに、このペトラの才気と稚気に満ち溢れたアカペラ・ヴァージョンに耳を傾けていると、思わず自然にニンマリと笑みがこぼれ、しまいには自分も一緒になって曲をハミングしたくなってしまうから、何とも愉快で楽しいことこの上ない。「Ba Ba Ba Bumm- bum BAAAHH」「BAH BA BADA BA-BAhh!」といった具合に、まるでカラオケさながらこの動画に被さる擬音の字幕も効果抜群な上に、この字幕、はじめは彼女の声にピタリと歩調を合わせていたのが、途中から「さあ、これでやり方は分かったわね。では、今度は貴方も一緒に歌う番よ」と聴衆に向けたアジ演説に代わって、どんどん逸脱していくあたりも、可笑しくて最高!

というわけで、ダジャレで繋いで、お次は『サイコ』(1960 アルフレッド・ヒッチコック)。

観客・聴衆の神経をヒリヒリといたぶるあのバーナード・ハーマン作曲の戦慄的なテーマ曲をペトラが料理すると、こんな感じ。

https://binged.it/35t4hDj

まるでシンディ・シャーマンのセルフ・ポートレイトさながら、ペトラ自身がジャネット・リーに扮したコスプレ写真も、なかなか迫力満点だけど、さらにもっと笑えるのが、アルバムの裏ジャケットのこの写真。

どうです、この堂に入った見事な女クリントぶりは。いやー、イーストウッド・ファンたる筆者にはホント最高でたまりません。というわけで、ここで御存知エンニオ・モリコーネ作曲による『荒野の用心棒』(1964 セルジオ・レオーネ)の曲をどうぞ。

https://bit.ly/2YrSAvd

(このアルバム「Petra Goes To The Movies」の内ジャケットには、『理由なき反抗』(1955 ニコラス・レイ)のジェームズ・ディーンよろしく真っ赤なジャケットを着こんだペトラ、そしてまた、中に封入された小ポスターには、先に紹介した『サイコ』をはじめ、『タクシードライバー』(1976 マーティン・スコセッシ)のロバート・デ・ニーロを模してモヒカン刈りをしたペトラや、全身を金粉で塗った『007 ゴールドフィンガー』(1964 ガイ・ハミルトン)風のペトラなど、彼女の愉快なコスプレ写真がまだほかにも沢山フィーチュアされているので、それはぜひ買って見てのお楽しみ!)


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さて、筆者が偏愛するこの隠れた名盤の中からとりあえず3曲聴いてもらったところで、そろそろごく簡単なアーティスト紹介の方に移ると、このペトラ・ヘイデンは、オーネット・コールマンやキース・ジャレットをはじめ、さまざまな一流ミュージシャンたちと共演し、幾多の傑作アルバムを世に送り出したジャズ界きっての大物ベーシスト、チャーリー・ヘイデン(1937-2014)の愛娘のひとり。

チャーリー・ヘイデン
チャーリー・ヘイデン

実は、ペトラには、1971年10月11日の同じ日に誕生したターニャ、レイチェルという姉妹があり、音楽一家に生まれ育った彼女たち三つ子の姉妹は(そして、3歳年上の兄ジョシュも)、いずれも皆、長じるとやはりミュージシャンとなり、各自、バンドやソロでの個別の音楽活動に励む傍ら、2008年に発表された父親チャーリーのアルバム「Family & Friends : Rambling Boy」には、兄妹たちが全員、各自の名前や「ザ・ヘイデン・トリプレッツ」(文字通り、ヘイデンの三つ子たちの意味)名義で参加。

(ヘイデン一家の集合記念写真。左から順に、レイチェル、ジョシュ、チャーリー、彼の妻ルース・キャメロン、ターニャ、そしてペトラ)

そして2014年、3姉妹は、いよいよ「ザ・ヘイデン・トリプレッツ」名義で本格的なバンドを結成して同題のアルバムを世に送り出し、今年の2020年、彼女たちは久々の共演アルバム「The Family Songbook」を発表している。

なお、ペトラのアルバム「Petra Goes To The Movies」は、先に聴いてもらった通り、基本的にはさまざまな映画音楽を彼女ならではの卓越したヴォーカル・テクニックで独自にカヴァーした「ひとりアカペラ」集だが、何曲か例外があって、そこでは、父親であるベーシストのチャーリー・ヘイデンや、この後ちらっと紹介するギタリストのビル・フリゼール、そしてピアニストのブラッド・メルドーと、いずれも錚々たる一流ミュージシャンが、ペトラの声の効果的な伴奏を務めている。

ちなみにヘイデン3姉妹のひとり、ターニャは、『スクール・オブ・ロック』(2003 リチャード・リンクレイター)や『僕らのミライへ逆回転』(2008 ミシェル・ゴンドリー)などでお馴染みの人気個性派俳優ジャック・ブラックと2006年に結婚していて、つまり彼とペトラは、なんと驚いたことに姻戚関係にあるのですね、これが。

仲睦まじそうに寄り添うターニャとブラック
仲睦まじそうに寄り添うターニャとブラック

ペトラの茶目っ気たっぷりで芝居がかったユーモアのセンスは、ジャック・ブラックとも大いに相通じるところがあるように思うのは、決して筆者の単なる気のせいではなかった!


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さて、ここで再びペトラの方に話題を戻すと、彼女はつい最近、ある話題の新作ハリウッド映画の音楽にも参加している。それが、全米最大のTV局、FOXニュースを舞台に起きた衝撃的なセクハラ実話事件を、先に『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015)でハリウッドの赤狩り時代を描いたジェイ・ローチ監督が、シャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビーらの競演で映画化した『スキャンダル』(2019)。

https://bit.ly/2z3aLNg

昨今何かと世間の耳目を集めるセクハラという映画の題材や、超豪華なスター女優陣の競演、そしてまた、セロンの特殊メイクを手掛けた日本出身のメイクアップアーティスト、カズ・ヒロの2度目のアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング部門の受賞など、数ある本作の見どころの陰にすっかり隠れて、まるで話題にはならず、筆者自身、この映画の音楽に関しては何一つ知らないまま、数ヶ月前にロードショー館で『スキャンダル』を見たのだが、そこで上記の注目ポイントにもまして何より深く印象に残ったのが、その不思議な映画音楽とその効果的な使われ方。

この映画は、TV局のトップに君臨する業界きっての大物権力者のセクハラに苦しめられる新旧の女性キャスターたちが、互いに手を取り合い、連帯の輪を広げながら闘うのをストレートに分かりやすく描くというよりは、むしろ、互いに分断状態にある彼女たちが、孤立無援の中、個々に苦闘することを強いられるさまを、じっくりと粘り強く描き出すところに、その独特の面白さがある。そして、そんな彼女たちを優しく励まし、背中をそっと後押しするかのように、劇中、3人の女性ヴォーカルが、まるで発声練習のごとく、互い違いにおずおずと小さな声を挙げながら緩やかなハーモニーを形成していく、なんとも不思議で印象的な曲が流れるのだ。はたして誰が映画音楽を手掛けたのだろうと、目を凝らしながらエンディングのクレジットを見守っていたら、何曲かの楽曲の中にペトラ・ヘイデンの名前を発見して、ああ、なるほど、そうだったのか、道理で、と納得し、改めて彼女の才能に惚れ直したような次第。


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......さて、つい気が向くままにここまで書き進めている間に、結構な量の文字数を費やしてしまった。本来ならば、ほかにもいろんなアーティストたちによるユニークなサントラの実験的試みを紹介するつもりでいて、まだまだ書くべきネタには尽きないのだが、この調子で続けるとゴールに辿り着くまでには相当時間がかかり、どうやら1回や2回、どんと長めの文章を書いたところで、到底まだ収まり切らないことに、今さら自分で気がついた。そこで区切りのいいこの辺りで今回はひとまず切り上げて、ここまで辛抱強くお付き合い願った読者の皆さんには恐縮だが、続きはまた改めて次回以降ということにさせて頂きます。

ここでは次回の予告編代わりに、ディズニー・アニメの古典的名作『ピノキオ』(1940 ベン・シャープスティーン & ハミルトン・ラスク)のお馴染みの主題歌「星に願いを」を、ビル・フリゼールのギター演奏と共にペトラが切々と歌った美しいカヴァー曲を紹介して、今回の拙文を締め括ることにします。先に紹介してきた曲だけ聴いて、ペトラを単なるキワモノの変人奇人アーティストと勘違いされてもらっては困るので、どうかぜひこれを最後に聴いて、心安らかな気分となった上で、次回までお待ちを。

https://binged.it/2zcXLEH