●紳士は何がお好き? ― 「ホークスとヒッチコック映画について私が学んだ二、三の事柄」②(蔵出し原稿)

2019年04月19日

今年は、このブログでも、もう少し新作の封切り映画の紹介に力を入れようとひそかに決意していたのだが、やはり年末・年始は、ふだん毎月レギュラーでやっている仕事の作業日がどうしても削られてしまう分、その皺寄せで、正月明け早々から何かと仕事に追われて、ブログの方に時間を割く余裕がなくなり、本来、ここで取り上げたいと考えていた幾つかの正月映画を紹介するタイミングを、すっかり逃すはめとなってしまった。

これには、この年末・年始、ただでさえタイトで苦しいその状況下、既にひと通りは全部見ているハワード・ホークスの映画を、よせばいいのに、つい1本、また1本、と見直すうち、個人的にあれこれ新たな発見をして刺激と興奮を覚え、すっかりホークスの復習に熱中しすぎてしまった、ということも少なからず影響していて、「♪ちょいと一杯のつもりで飲んで~、いつの間にやらハシゴ酒~」と、これはまさに「スーダラ節」の世界ですね、ハハ(苦笑)。でも、やっぱり、「分かっちゃいるけど、やめられねぇ。ア ホレ!」。

というわけで、今回、またしてもホークス関連の話題で拙文を書き進めることを、どうかお許し願いたい。


**************************************


さて、前々回の本ブログ記事「新年の挨拶、および、ヒッチコックとホークス映画について私が学んだ二、三の事柄」①の中で、筆者は、ホークス映画における"脚フェチ"問題について、幾つかの証拠写真を提示しつつ、ささやかな推論と愚考を繰り広げたのだったが、その後またさらにホークス映画を何本か見直すうち、やはりこれは、ホークスの魅力的な映画世界を形作る上で欠かせない必須アイテムの一つであるに相違ないと結論付けるに至った。

ここでまたその例を幾つか挙げると、『三つ数えろ』(1946)の冒頭、お馴染みの私立探偵フィリップ・マーロウに扮したハンフリー・ボガートが、調査の依頼を受けて、とある屋敷を訪れると、目にも眩しいミニスカート姿の若い美女が階段を下りて現れ、いきなり彼にしなだれかかってきてボガートを誘惑しにかかる、という波乱の幕開けとなる。

また、中盤のある場面では、ホークス監督が、ボガートには椅子に座らせる一方で、ローレン・バコールをあえて机の上に高く腰かけさせ、ボガートの目の前で彼女が膝小僧を掻く動作をさせて、そこに観客の視線を誘導するような演出を行っている。

あるいはまた、『ハタリ!』では、アフリカの地で猛獣狩りをするプロのハンター集団に新たに加わったヒロインのエルザ・マルティネリが、初日の朝、先に出発したジョン・ウェインたちに大慌てで追いつこうと、上半身は赤シャツ1枚、そして下半身はまだ下着だけというあれらもない恰好で現われて、トラックを運転するレッド・バトンズのすぐ脇の助手席でズボンを穿き出し、それにすっかり視線を奪われて運転がおろそかになったバトンズが、トラックを前方の建物に誤って突っ込んでしまう珍騒動も生じる。

キャサリン・ヘップバーンのドレスの後ろが不意に裂けて、彼女の下半身がすっかり露わになるという、『赤ちゃん教育』(1938)の中で生じるあの抱腹絶倒、悶絶必至の名高い爆笑ギャグは、やはりこのホークス映画における"脚フェチ"系列の一種にして、その頂点を成す名場面とみなせるのではないだろうか。

ちなみに、この『赤ちゃん教育』の後半、刑務所の牢屋に入れられたヘップバーンが、突如ギャングの情婦に豹変して(映画の題名にある"赤ちゃん"、すなわち動物の豹が文字通り乗り移ったかのように!?)、威勢のいい啖呵を切るうち、思わず呆気にとられるほどいとも簡単に牢から抜け出してしまうという、これまた抱腹絶倒の珍騒動が繰り広げられるわけだが、ここで彼女が披露するべらんめえ口調のお芝居が、あの『犯罪王リコ』(1931マーヴィン・ルロイ)をはじめ、数々のギャング役で知られる名優、エドワード・G・ロビンスンの口調をあえて戯画的に誇張した物真似演技であることに、今回改めて見返して、今さらながらに気がついた。

そういえば今回、山田宏一氏セレクションによるシネマヴェーラ渋谷でのホークス監督特集の上映会では、ロビンスン主演の『虎鮫』(1932)と『バーバリ・コースト』(1935)を、2本立てのプログラムでこれまた久しぶりに見返して、前者では底抜けのお人好しである漁船の船長、そして後者では無法の歓楽地帯を牛耳る強面の顔役として、各作品のヒロインに惚れ込みながらも、どちらもその愛情が報われずに終わる男性主人公を味わい深く演じるロビンスンの姿を目にして、やはり彼は善人だ! とつくづく感じ入ったのだった。

(未読の方がいましたら、こちらの拙文もぜひお読みください。

https://ur0.link/hwiM )

『赤ちゃん教育』で、ケーリー・グラントの行動や人生設計、そして彼の人格そのものの徹底的な妨害・破壊者として登場する傍若無人なヘップバーンは、ホークス映画への出演は残念ながらこれ1本きりとなったが、『モンキー・ビジネス』(1952)では、檻の中に幽閉されていた猿がいともたやすく檻から抜け出して、本来グラント演じる博士が研究開発中だった若返りの特効薬を手品のようにして生み出し、グラントをはじめ、周囲の人々を混乱と珍騒動の渦に巻き込むことになる。もしかするとこの猿は、ホークス的な逆転の論理、退行=逆進化の法則によってこの世に現れ出た、『赤ちゃん教育』のヘップバーンの生まれ変わりなのかもしれない...。

一方、それらとは対照的に、『僕は戦争花嫁』(1949)のグラントは、同宿したアン・シェリダンの寝室の扉のドアノブが、何とも間の悪いことに壊れて外れてしまったことから、部屋を出ようにも出られず、室内に閉じ込められてしまい、シェリダンがひとり安らかにベッドで眠るそのすぐ脇で、硬い木椅子に不自由な姿勢で身を横たえながら、何とも寝苦しい一夜を明かす羽目となる(ここでグラントが、何とか寝心地のいい体勢を取ろうと悪戦苦闘した末、ついもてあまして邪魔になる自らの腕を、まるで未知の異物と遭遇したかのように、思わずギョッとしながら眺めやるパントマイム芸が、圧倒的に素晴らしくて最高におかしい。残念ながら、当該の場面写真が見つからなかったので、ここではやはりこの映画の後半に登場する、バスタブに身を横たえて一夜を明かすグラントの場面写真を、代わりにどうぞ)。

この『僕は戦争花嫁』にも、ホークス的な"脚フェチ"の場面が数多く登場し、シェリダンが過去にグラントとのいざこざからこしらえた脚の傷を、片脚を上げながら彼に見せつける場面とか、バイクに乗っての長旅で筋肉痛となったシェリダンのふくらはぎを、グラントが優しくマッサージする場面とか、その例には事欠かない。

そして、何より愉快でケッサクなのは、「ハワード・ホークス映画読本」の中で山田氏も紹介しているように、映画の終盤、文字通り、シェリダンの"戦争花嫁"として女装したグラントが、慣れないスカートにハイヒールを履いて不格好に歩く途中、いったん立ち止まり、ストッキングのずれを直そうと、スカートを少したくし上げた途端、折しもそこを通りかかった水兵たちから、ヒューヒューと口笛で囃し立てられて、その脚線美 (!?) を褒めそやされることになるのだ!

それから、今回、『僕は戦争花嫁』を久々に見返して、今さら初めて気が付き、すっかり驚いてつい興奮を抑えきれなくなったことが、もう一つある。前々回の記事で筆者は、グラントこそ、ホークス、そして、アルフレッド・ヒッチコックという、「作家主義」の双璧と言うべき2人の神話的巨匠のそれぞれ独自の映画世界の交差する場所に立つ唯一無二の映画スターと述べ、『泥棒成金』(1955)の一場面を出発点に、ヒッチコック映画におけるグラントのホークス的側面について話を進めていったわけだが、さて一方、このまぎれもないホークス映画たる『僕は戦争花嫁』にはなんと、奇しくもヒッチコックの名前が不意に言及される愉快な一場面が出てくる。

それは、映画の中盤、当初はいがみあってばかりいたフランス人将校のグラントと米軍婦人士官のシェリダンが、いつしか互いに恋に落ちて相思相愛の仲となり、二人連れだって、シェリダンの上官の女性に婚約の報告をしに訪れるところで交わされる会話の中でのこと。

実際には、そこで口にされる台詞は、固有名詞たる人名のHitchcockではなく、その省略形にして愛称というべき単語のhitchで、「私たち、結婚したいんです」と言うシェリダンに対し、その婦人上官は、「結婚するにあたってはひとつ、障害(hitch=ヒッチ)がある」と述べる。その言葉に対して、グラントが「itch=イッチ ?」と聞き返し、米軍の婦人上官が改めて「hitch」と念を押す珍問答が繰り広げられることになるのだ(英語でitchは「痒み」を意味するが、この映画の中でのグラントの役柄は、先にも説明した通り、フランス人将校という設定で、フランス人だとhが発音されないので、そのまま「hitch?」と聞き返したようにも受け取れる。とはいえ、グラントの役名はHenriで、本来、フランス語読みだとアンリだが、劇中、グラント自身をはじめ、皆は、当たり前のように英語読みでヘンリーと発音しているから、余計にこの場面でのおかしさが際立ってくる)。

ちなみに、この『僕は戦争花嫁』の撮影は、第2次世界大戦後まだ間もなくて、戦争ですっかり疲弊・荒廃したドイツの地で長期ロケが行われたせいもあって、映画の撮影隊の中でさまざまな急病にかかって倒れる人が続出し、ホークス監督自身、蕁麻疹らしきものにかかって全身が痒みに襲われる事態になったという撮影の舞台裏の苦労話もあるので、上記の愉快なやりとりは、ヒッチコックに対する目配せというよりはむしろ、そのホークス監督の窮状に対する楽屋落ち的なジョークだったのかもしれない。ただし、「結婚するにあたってはひとつ、障害(hitch=ヒッチ)がある」というここでの台詞は、この『僕は戦争花嫁』という映画全体のテーマを簡潔かつ集約的に言い表した重大な台詞なので、撮影現場での即興的なアドリブから生み出されたものとは、少し考えにくいのだが、はたして実際のところ、ここでhitchという語句を、一体誰がどのような意図で脚本の中に紛れ込ませたのか、あれこれ資料をあたってみても、この場面にあえて着目・留意した人間はどうやらこれまで誰もいないようで、まったく分からない。とはいえ、先にも述べたように、ここでHitchcockならぬhitchと、後半部分が省略されて欠落しているのは、本来、男性主人公たるグラントがすっかり女性化してしまうこの映画の物語の内容を鑑みると、いかにも意味深長ではある。

ここでさらに付言しておくと、かつてホークスが演出する撮影現場への見学許可を条件に、『教授と美女』(1942)の共同脚本を手掛けたビリー・ワイルダーが、マリリン・モンローを主演女優に迎えてあのお馴染みの人気コメディ『七年目の浮気』[原題The Seven Year Itch](1955)を監督・発表するのは、この『僕は戦争花嫁』より6年後のこととなる。


**************************************


...さて、ここまで今回の記事を書き進めた後、本当は、ここでまた新たな話のネタを追加した上で、少し違う角度から、さらにホークスとヒッチコック関連の映画の話を続ける予定でいたのだが、どうやら1回分の記事としては既に充分な量に達していて、これ以上続けると、また例によってどんと長くなりすぎて、読者にかなりの負担を強いることになりそうなので、今回はひとまずここで切り上げて、また近日中に、今回の話の続きをアップすることにします。次でいちおう、ホークス、ヒッチコック関連のネタはいったん打ち止めにして、今後はもう少し新しめの題材でも勝負していくつもり。ということで、次回も乞うご期待。


[2017.1.24 旧ブログ「In A Lonely Place」にアップ]