●清順映画の重箱の隅から穴までつつき回し、肉から骨までしゃぶり尽くした空前絶後の映画モノグラフィー「鈴木清順論 影なき声、声なき影」(上島春彦)

2020年09月30日

  •  映画というのは奇妙なもので、発表された時には、ベスト10はおろか、妥当な評価すら得られなかったのに、時の経過につれて、しだいに評価が上ってくる ― または記憶にこびりついて離れない、そういう作品群がある。

     そうしたことは別に映画に限ったわけではないのだが、極端にいえば、映画は一瞬の花火みたいなものだから、それが、よけい不思議に感じられるのであろう。

     ヒッチコックの作品群、マルクス兄弟の作品群、ハンフリー・ボガートの出演作品群が、おのおの巨大な星雲のように見え、また多くの研究書が書かれているのは、それらのフィルムをくりかえして見られる場所においては当然の成行である。

     黒澤明を別格とすれば、元日活監督の鈴木清順の作品群は、わが国で神話的雰囲気を漂わせている珍しい星雲といわねばなるまい。清順作品の冴えは「野獣の青春」に始まるという通説に従えば、彼の(いまのところ)最後の作品である「殺しの烙印」まで数えて十三本 ― これはたまたまマルクス兄弟の全作品と同じ数で、一作一作をこまかく調べてゆくには丁度よい本数なのである。

     そんなわけで、だれかが面白い鈴木清順論を書いてくれるだろうとたのしみにしていたのだが、そういう本はなかなか出ない。(それは、絶対一冊の本になっていて、一作一作を存分にしゃぶりつくさなければならない。)

"そのころの映画ジャーナリズムには清順のセの字も見えやしない"1963年の初夏、当時の清順映画の最新作たる『野獣の青春』を劇場で見て雑誌「映画評論」で激賞し、1956年に監督デビューして以来、日活で低予算の娯楽映画を数多く手掛けてはいたものの、あくまでプログラム・ピクチャーの担い手のひとりたる無名の職人監督だった鈴木清順の才能にいち早く目をつけ、彼の同時代的な発見、本格的評価の先鞭をつけた張本人たる小林信彦氏が、「キネマ旬報」誌に「鈴木清順論のためのノート」と題した文章を発表し、その冒頭にこう書き記したのは1973年のこと。

その積年のリクエストに応えるかのごとく、ついに一冊まるごと、清順映画の一作一作について精細緻密に論じ、まさに重箱の隅から穴まで徹底的につつき回して、肉から骨までしゃぶり尽くした驚嘆すべき映画研究書が、満を持して登場した。作品社からつい最近刊行されたばかりの上島春彦氏の新刊「鈴木清順論 影なき声、声なき影」がそれ。判型はB5版で、総頁数は約700頁と、昨年刊行されて大きな話題を呼んだ「映画監督 神代辰巳」とほぼ同じ、重厚長大なサイズとボリュームを誇る圧巻の大著。

https://bit.ly/3cKji7t

(一方こちらは、以前本ブログで、「映画監督 神代辰巳」について、他のさまざまな映画書とあれこれ引き比べながら紹介したもの。https://bit.ly/3ib6Hvg)

早速この「鈴木清順論」の目次をのぞいてみると、「『夢殿』サイクル論」と題された、1本の未映画化脚本を軸にした長文の清順映画論が、3部作よろしく、I、Ⅱ、Ⅲと3つ並べて展開されるのに続いて、「穴」「色」「女」「鏡」「骨壺」「声と影」「箱(と箱)」といった具合に、清順映画に頻出するさまざまな主題をめぐって複数の作品を横断的に読み解く「清順映画キーワード事典」、数多くの異才たちが集って結成された知る人ぞ知る脚本家集団の活動の歴史を辿った「具流八郎の日本映画史」と、その集団のメンバーのひとりであった岡田裕氏へのインタビュー、そして最後に「清順映画作品解説」と、大まかに言って4部に分かれて章立てされた、一見いたってシンプルで、素っ気ないようにすら思える構成内容。

最後の「清順映画作品解説」で、上島氏がさまざまな新たな知見を盛り込みながら縷々解説するのは、のっけに引用した小林信彦氏の一文が推奨していた、『野獣の青春』(1963)から『殺しの烙印』(1967)までの13本といった限定的なものではさらさらなく、清順の監督デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』(1956)から、彼の遺作となった『オペレッタ狸御殿』(2005)までの清順映画、全49本。この最終パートだけで250頁強と、実に同書の3分の1以上の分量を占める。

「はじめに」と題された序文で、"実は本書の書かれるきっかけは、これをやりたかったら、と言うに尽きる"と著者が自ら述べており、さらには"「鈴木清順、知ってる」という人でもまずは作品解説から入るのがいいと思う"とも書いている。筆者も、清順映画には学生時代から入れあげて既にひと通りは見ているし、折にふれ何度も見返してきたお気に入りの作品もあれこれあって、清順のことはそれなりに知ってるつもりでいたが、ここはひとつ、著者のアドバイスに素直に従って、まずはこのパートから同書をいざ読み始めてみたのが運の尽き。いやもう、その中身の濃くてディープなことと言ったら! ウーム、とただひたすら驚くやら、感心して唸るやら。いきなり、もう参りました。

ここですっかり脱帽・平伏して今回の話をあっさり切り上げるわけにもいかないので、こちらの体勢を立て直して息を整える時間を稼ぐために、少し話を巻き戻すことにすると......、実のところ、清順に関する映画の単行本は、これまでにも特筆すべきものが複数刊行されている(清順本人が彼独自の文体で綴ったエッセイ集や、雑誌の特集号、ムック本の類いは、ここではひとまず除外)。

まず筆頭に挙がるのは、上野昻志氏が編著者となり、1986年に立風書房から刊行された「鈴木清順全映画」。清順の監督デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』から、その時点での清順映画の最新作たる『カポネ大いに泣く』(1985)まで、計44本の清順映画についてのスタッフ・キャストやあらすじ紹介、さらには公開当時の記事や批評、監督自身の発言、関連文献の抜粋引用などを網羅した、きわめて資料的価値の高い充実したフィルモグラフィーを巻末に100頁以上にわたって掲載しているのに加え、上野氏による清順インタビューや、上野、蓮實重彦、山田宏一、山根貞男の4氏が、清順映画について縦横に語り合った座談会の記録などが収録されていて、長年、清順映画ファン必読・必携の書となっていた。

そして2006年、清順の監督生活50年を記念してワイズ出版から刊行された「清/順/映/画」。これは、磯田勉、轟夕紀夫の両氏が、清順監督本人に長期にわたる連続インタビューを試み、先述の清順の監督デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』から、同書の刊行の前年に撮られ、結局これが彼の遺作となった『オペレッタ狸御殿』までの清順映画全49本について、一作品ごとに根掘り葉掘り問い質した豪華聞き書き本。

ただし、先に紹介した「鈴木清順全映画」の座談会の中でも、いずれ劣らぬ映画批評の第一人者であり、各自、清順監督にインタビューを試みた経験のある上野、蓮實、山田、山根の4氏が、皆一様に口を揃えてボヤいていたように、なにせ清順監督は、あれこれ質問をぶつけても、それをのらりくらりとかわしては彼一流の韜晦とおとぼけで人を煙に巻く、インタビュアー泣かせの煮ても焼いても食えない狸親父というか、意地悪爺さんとして世に知られていて、この諸先輩方とは二回りほど若い磯田、轟の両氏が、当たって砕けろとばかり、清順監督に勇猛果敢に試みたこのインタビューも、監督本人から全作品についての発言を引き出したという点では唯一無二の貴重なドキュメントとなったものの、両氏の健闘や善戦も空しく、聞き手の側と監督本人の間にはやはり大きな温度差があり、読みながらどこか隔靴掻痒の感が否めないのは、どうにも致し方のないところ。

今回の上島氏の新著は、今しがた名を挙げたこの2冊をはじめ、戦後の日活アクション映画の歴史を俯瞰的に振り返るべく、1972年から足かけ7年半にわたって「キネマ旬報」誌で長期連載された後、1981年から翌1982年にかけて3分冊という形で未来社から刊行された渡辺武信氏の記念碑的労作「日活アクションの華麗な世界」や、やはり読み応えのある長文の「日活アクション映画論」などを所収して1976年に白川書院から刊行された西脇英夫氏の映画評論集「アウトローの挽歌 黄昏にB級映画を見てた」(その後「日本のアクション映画 裕次郎から雷蔵まで」と改題され、1996年に現代教養文庫から再刊)、『悪太郎』(1963)で初めて清順監督とコンビを組んで以来、その本来の役柄を超えて清順映画に多大な貢献を果たすことになった天才美術監督・木村威夫の60年にも及ぶ長い映画人生を聞き書き形式で振り返った、2004年ワイズ出版刊行の「映画美術 擬景・借景・嘘百景」(木村威夫著、荒川邦彦編)など、清順映画の研究には欠かせない幾多の先行文献を丹念にじっくりと深く読み込み、それらに自らの知見を照らし合わせながら、従来流布していた清順映画をめぐる通説や清順その人の神話的イメージ を徹底的に批判・検証し、各作品が出来上がるまでの製作プロセスや、清順ならではの独特の演出術に能う限り鋭く迫った内容。

著者自ら「はじめに」で、

  •      評伝的アプローチは一切採られず、その方法論に由来する拘束は一切ない。清順の人物像などはまったく考慮の外ではあるが、その代わり作品の見どころ、また作品と作品の関連性はきちんと押さえてある。これから清順映画を見ようという人にも、そのへんの清順は結構見ているという人に対してと同様、興味深い文脈を提示しているはずだ。また清順映画の日活映画史的位置づけについても一定の分量を割いて、「知ってるつもり」で知らなかった清順がそこに現れるよう気を配った。

と前口上を述べている。

そして、「清順映画作品解説」を彼の監督デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』から始めるにあたって、上島氏は、次のように書き記している。

  •      鈴木清順の日活時代を考えるとき、これまで批評の対象となってきたのは、一九六〇年代、それも中盤以降の有名なほんの数作、公式的傑作が圧倒的に多かった。だが、本章ではそれ以前のめったに日の当たらない作品に関してもくまなく紙数を割いて紹介していくことにする。鈴木清順の映画作りを見ていくためには、まずメジャー、大手撮影所としての日活プログラム・ピクチャーのあり方に注意を払った上で、その内部で自足する「まともな」清順映画、さらにはその外部、というかそこからはみ出していく(いかざるを得ない)「ヘンな」清順映画という多層的基準を設ける必要があり、そうした基準にとって作品の出来は二次的な問題だと思える、というのが一つの理由である。

      後述するように、処女作でも清順はさっそく上層部から作品のできばえに疑問を投げかけられのだが、そこにも、特に初期清順映画独特の複層構造を見て取れる。「鈴木清順の映画」と現在の観客が聞いて想像するようなタイプの作品が登場するのは確かに六三年以降のことになるが、日活映画のスタジオ・システムのもと、特徴的構造を通して初期作品を検討することで彼の演出や物語、また空間の独自性がどこから生まれたのかを見たい。逆にいえば、後期の映画を先に見てしまった現在の特権的観客だけに可能な、初期作品の特異な受容体験を示しておきたいということになる。要するに、その気で見れば初期清順は評価の定まった日活後期以降の清順並みに、あるいはそれ以上に面白いのだ。これがもう一つの理由、というより本章においては最も大きな理由なのである。

こうして、例えば、同書の副題にも用いられることになった初期清順映画の一本、『影なき声』(1958)の作品解説において、次のような重大な発見と指摘がなされることになる。

  •  『影なき声』もまた『悪魔の街』同様、同時代にはまったく理解されなかった作品ではあるが、現在の観客にはむしろ清順らしい清順映画の始まりの一本と見える。謎解きミステリーの体裁を借りながらも、清順が演技でなく音の演出に興味を示した最初のフィルムと捉えることが可能なのだ。アクション演出やストーリー・テリングの妙というよりも、場面を進めていくのにさまざまな音や声を突出させるテクニックが用いられ、それが謎解きミステリーの味わいを深めることになっている。

ただその一方で、上島氏は、上記の文に続けて次のようにも注意深く書き綴っている。

  •  もっともこれをことさら清順の特異な作家性といった概念で規定するのには慎重でありたい。確かに『ツィゴイネルワイゼン』以降のフィルムに顕著な、音を異界からのメッセージのように扱うやり方の先駆けが本作なのは明らかであり、それを見ないことには現在この映画を見ることの価値は失われてしまうだろうが、だからと言って清順がそうした自身のヘンな趣味に自覚的だったかどうかは分からない。

     いや「分からない」ことの作家的自覚をどうこうというのでなく、主題はいくらでも画面化(視覚化、聴覚化)されているわけだから、「その気になれば」作家論はいくらでも書けてしまうだろう。つまり批評が作家主体(主題でなく)を見つけるゲームみたいになってしまうのだ。要するに作家論が、むしろ(散在する主題群に後から楽々と気づいてしまう)批評家の優位にしか貢献しないというか。それでは愚かしいし、本書の本意ではない。

        いわゆる作家論のあり方について一考が必要だ。[...中略...]今日、清順映画の観客はそうした視点を予め確保している特権的観客ではあるものの、「後の清順」がこんなところに潜んでいました、といった類いの作家論には結局その程度の価値しかない。つまりその程度のことは「後から見れば」誰にでも分かる。むしろヘンなものが出現したときの驚きに作家論(主題論に依拠した)は鈍感になりがちなのだ。なぜかというと主題群には時間的規制が、ないとは言わないまでも緩い、からだ。

......とまあ、こんな具合に、上島氏ならではの新たな発見や傾聴に値する理論的考察が随所に盛り込まれ、時には一作品あたり10頁以上にわたって微に入り細に入り書き綴った批評的な文章が、3段組みの文字でびっしりみっちりと展開される場合もあって、気楽に目を通して読み飛ばせる類いの作品解説ではまったくないが、とにかく思わず「目からうろこ」の連続で、読み応えと知的スリル満点。

まだ石原裕次郎が登場する以前、日活最初の現代アクション映画『俺の拳銃は素早い』(1954)を手がけた野口博志監督の下で助監督修業を積み、低予算の中編歌謡映画『勝利をわが手に 港の乾杯』で監督デビュー、その後も、撮影所の上層部から下りてくるお仕着せの娯楽映画の企画を、あくまで与えられた制約ぎりぎりのところで、脚本家や助監督、美術スタッフら、周囲の共犯者たち(やがてこれが、脚本家集団・具流八郎へと発展することになる)と協働で臨機応変に解体・再構築しながら、無類に面白くてヘンなプログラム・ピクチャーを作り続けることで、撮影所システムの中に彼独特のユニークな位置を占めることになった清順。

自分はあくまで娯楽映画の作り手にすぎない、と自己規定する彼が、『殺しの烙印』での突然の解雇を機に撮影所システムの外部へと放り出され、以後、従来の製作スタイルとはまったく違うところでの映画作りを強いられ、その作家性を世間からも強く求められるようになった時、果たしてどういう事態が起きたのか。そうした、日活映画史、さらには、より広く視野を広げた現代映画史における清順の位置づけや、そこから逆説的に浮き彫りとなる、彼のなんとも不思議でユニークな作家性のありようといった点にも、上島氏は同書のしかるべき箇所で、深く踏み込んで考察している。

おっと、いけない。この大著「清順映画論」を今回ここで紹介するにあたって、筆者は、つい長々と、最終パートの「清順映画作品解説」のほんの序の口にだけ触れた後、読み応えのある箇所がまだ幾重にも層を成して待ち構えている中間地点を全部すっ飛ばして、つい先を急いで、今度はいきなりゴール近くの別の地点へとワープしてしまった。しかし、読者がそこへたどり着くまでには、前途遼遠で、まだまだ先が長い!

実のところ、筆者自身、上島氏からありがたくこの本を、奇しくも先の4連休の直前に寄贈して頂き、「映画監督 神代辰巳」と同様、これまたデカくて重く嵩張り、到底外へ持ち歩きながら気軽に読める代物ではないので、ほかの用事はこの際すべてうっちゃって、4連休中はひたすら家にこもって、早速「清順映画作品解説」のパートから読み出したものの、上に記してきた通り、そこに書かれている内容は、恐ろしいまでに濃厚かつヘヴィーなので、なかなか前へと進めず、それこそ、『ツィゴイネルワイゼン』(1980)の藤田敏八や、『陽炎座』(1981)の松田優作といった清順映画の登場人物たちと同様、まるでけものみちにうっかり足を踏み入れてすっかり迷い込んでしまったような、心もとない気分にたちまち襲われる仕儀と相成った。

かくして筆者もつい自ずと、清順に関する手持ちの関連文献をあれこれ引っ張り出して、それらと首っ引きで本書を読み進めるようになり、それにだいいち、各作品のここかしこの場面の細部にしっかり目を向けるように促す形で上島氏の記述がなされているので、あれ、そんな箇所なんてあったっけ? と、本書を読むのと並行して、これまた手持ちのコレクションを引っ張り出しては、既にそこそこ理解しているつもりだった清順映画もあれこれ見直さざるを得なくなり、もう完全にこちらも、清順の復習、というか再履修に向けての総力戦の様相を呈するはめとなってしまった。そんなこんなで、4連休がすっかり全部つぶれてしまったのはもとより、ここ10日ばかりはずっと清順漬けの日夜を送っているような次第。

肝心のこの「清順映画論」の読解も、さすがに「清順映画作品解説」だけをずっと順番に読み続けるのはしんどくなって[先にも記した通り、このパートだけで3段組みの文字で250頁強あり、しかもなんと、通常の映画本なら本来ここで入るべき映画の場面写真などが一切ない! 愚痴ついでに、ここでさらに付け足しておくと、そのひとつ前の「具流八郎の日本映画史」のパートも同様で、つまり、この「鈴木清順論」の本の後半部分は、まるまる全部文字だけ。いくら硬派な研究書とはいえ、映画本で途中にふっと息抜きできるヴィジュアル頁が少なく、ましてや相手は清順なのにカラー写真が皆無なのは、本のジャケットの渋い赤色がそれを文字通りカバーしているものの、さすがに息が詰まってきついっす(苦笑)]、

ある程度、清順映画を見直した段階で、「清順映画キーワード事典」のパートにも移行してそちらも並行して読み進め、「清順映画作品解説」を日活時代最後の作品となったいわくつきの『殺しの烙印』までどうやら読み終えたところで、「具流八郎の日本映画史」にも歩を進め、手持ちの「映画芸術」のバックナンバーで未映画化脚本の「夢殿」を久々に読み返して下準備を整えてから、ようやく「鈴木清順論」の冒頭に置かれた「『夢殿』サイクル論」3部作に取りかかる、といった具合に、この「鈴木清順論」の中をあちこち行き来し、ふらふら彷徨いながら、一応どうにかざっとは通読したものの、実はまだしっかり目を通していない箇所もそこかしこに残っている状態。いやもう、すっかりくたびれました。ゼイゼイ。

しかし、ここでいまさら、こちらで開き直るつもりではないものの、この「鈴木清順論」の本の企画は、2007年にスタートした、とあとがきに書かれている。そして、この本の中にはなぜかその説明が一切省かれているが、本書の冒頭に置かれた「『夢殿』サイクル論」は、今回大きく改稿が施されているものの、実は上島氏が1995年に世界思想社から刊行した最初の映画評論集「モアレ」の中に所収された「モアレ 鈴木清順論」のⅠ、Ⅱ、Ⅲの3部作が原形となっているはず。そして、そのおおもとの出発点となり、本の題名にも用いられることになった「モアレ(Ⅰ)」は、第3回ダゲレオ出版評論賞の最優秀賞作を受賞して、映画雑誌「イメージフォーラム」1982年5月号に掲載された、映画評論家・上島氏の原点というべき論文。ということはつまり、この「鈴木清順論」は2007年から、というよりは、1982年からこの2020年に至る上島氏の38年にも及ぶ長年の歳月が注ぎ込まれた執念の一作、映画評論家・上島春彦氏のまさに集大成的傑作と言えるのではないだろうか。それをたかだか10日かそこいらで無理やり読破しようなどというこちらの試み自体、なんとも浅はかで愚かだったというしかない。これから先、この「鈴木清順論」を改めてじっくりと時間をかけて熟読玩味して、もっともっと勉強に励む所存です、はい。

というわけで、「日本映画の異形の巨人の全体像を解き明かす! 圧倒的スケールで打ち建てる、映画評論の金字塔!」と同書の帯文に書かれているが、その言葉に嘘偽りはなく、掛け値なしの真実と、ここに筆者も断言させていただきます。まさに一生ものの宝。必読、必携!