●大丈夫じゃないけど、生きていく ― 『パラダイス・ロスト』(2019 福間健二)

2020年03月15日

  • 「この地上、この世界。うまく行っているように見えていたことも音 たてて崩れている。パラダイスを夢見ることはもうできないのだろうか。ここで私たちはどう生きて、どう夢をとりかえすのか。生と死の境界をこえる視点から、幻想的かつリアルに、「いま」を抱きしめたいと思った。私たちの生きる場所を再発見するために。」


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新型コロナウイルスの感染拡大に、歯止めが一向にかからず、人々の不安と動揺が広がっている。

中国に端を発した新型コロナウイルスの感染は、いまや燎原の火のごとく世界各地に燃え広がり、3月15日、日本時間の17時現在で感染者が発生した国の数は、地球上の153もの国と地域に拡大。

(最新の統計値は、以下でご確認を)

https://bit.ly/2wRmw8z

世界保健機関(WHO)も今回の事態をついにパンデミックと認定し、それに呼応して、世界の金融市場では株価の大暴落が連鎖的に発生するパニック的状況に陥り、市場の沈静化を図るため、ついにアメリカではトランプ大統領が国家非常事態を宣言するまでに至った。

日本では、2月末、政府が、ウイルス感染防止策として、小中高校の臨時休校や、文化的行事やスポーツ・イベントの中止・延期の緊急要請をトップダウンの形で打ち出して以降、全国的に自粛ムードが一気に高まり、当面の間、在宅勤務に切り替える企業も数多く現れて、国民の日常生活は一変。家に引きこもって過ごす人が急増する一方、出歩く人の数はめっきり減って街は閑散とし、皆、これから先一体どうなるのだろうかと、息を潜めながらひっそりと日々を送っているのが目下の状況。

映画界でも、当初は今春に劇場公開予定だった数多くの新作映画のロードショーが先に延期されたり、映画館の臨時休館、あるいは、シネクラブの特集上映などが急遽中止になったりした上に、新作映画の撮影準備のため、オーストラリアに滞在中だったトム・ハンクス夫妻が新型ウイルスに感染したというニュースまで飛び込んできた。

そんなこんなで、ここ最近は、筆者自身、映画にのんびり目を通している心のゆとりをなかなか持てず、仕事の合間を縫って、連日大きく様変わりする世の中の動向を自分なりにフォローしながら、情報収集と現状把握に努めているような次第。こうした状況下に、近日劇場で公開される新作映画のことをこの拙ブログで取り上げて皆に紹介するというのも、なかなか判断が難しい問題で、筆者もついあれこれ迷って躊躇していたものの、しかし、まさにこのような時だからこそ、自分の身の回りのことを改めて見つめ直す契機を与えてくれる、このささやかで愛すべき魅惑作と今向き合うことに意義があるはずと思い、ネット上でふと目に留まった以下のtweetにも後押しされる形で、ここに遅ればせながらその紹介宣伝に努める次第。

https://bit.ly/2wYWSig

Naomi Mori

@ladolcevita416

ドイツ政府の声明。「文化とは いい時だけに許される贅沢なものではない。私たちは今それらが中止になることでどれだけ それが私たちにとって大切で私たちに足りないかを感じている。この非常時において、特に小さい企画であったりまたフリーランスの芸術家達を強く支援をしていく必要がある(続く)

午後6:18 · 2020年3月12日·TweetDeck4万 

リツイート9.3万 いいねの数


それが、現代詩人、英文学者、翻訳家、そして映画批評家としても幅広く活躍する福間健二監督の長編映画第6作『パラダイス・ロスト』。

https://bit.ly/2WnuK31

冒頭に掲げた「この地上、この世界。うまく行っているように見えていたことも音たてて崩れている」云々の文章は、福間監督本人による自作解説文のうちの一部。2018年の夏に撮影され、2019年に完成したというこの『パラダイス・ロスト』は、ここ最近の新型コロナウイルスの騒動とは本来無関係で、実際、本作の中でそうした自然災害や人災などによるグローバルなスケールの破局的事態が悲観的に描かれるというわけではまったくない。

この低予算のインディペンデント映画は、東京の郊外を舞台に、夫を心臓発作で突然亡くしたヒロインの和田光沙が、喪失感や孤独を味わい、失われた楽園のことを追想してもがきながらも、皆それぞれ独特の個性と存在感を放つ家族や友達らと対話を重ね、美味しい御馳走を食べ、好きな音楽を聴き、あるいはまた、新たな恋にめぐりあったりしながら時を過ごすうち、自らの人生と居場所を再発見していくさまを、風通しの良い自由闊達な演出手法でどこまでも明るくおおらかに描き出した人間賛歌。

一見とりとめない日常的な生活描写の中に、福間監督自身のさまざまな詩をはじめ、木下夕爾の詩「死の歌」や原民喜の短編「心願の国」から引用した言葉の連なり、さらには、独特の感性とユーモアに満ちた奇抜な映像表現が差し挟まれ、観る者をどこかちょっと憂き世離れした夢幻的世界へといざなってくれるのが、この映画の不思議でユニークな魅力の一つ。

とりわけ、死んだはずの夫が、その後もなおしばらく幽霊としてこの世に留まり、気がかりなヒロインの行く末を間近で寄り添いながら見守る様子を、死者の視点を借りたキャメラの緩やかな移動撮影を通して描き出すあたりが、なかなかユーモラスで面白い。

  • ひとりの死者が自分の去った世界を見ている。そのイメージ。映画にも詩にもある客観の視線。だれがそれを見ているのかという昔からの問いがある。そのひとつの答えになるのではないかと思ったとき、『パラダイス・ロスト』は動きはじめた。

と、先に引用した自作解説の別の箇所で、福間監督自身、本作の企画意図について語っているが、不安定に揺れ動きながら中空を浮遊するその不思議なキャメラワークを見ながら、筆者はつい、『エレファント』(2003)や『ラストデイズ』(2005)など、ガス・ヴァン・サント監督との名コンビで知られた今は亡き名キャメラマン、ハリス・サヴィデスのことを想起した。

死者となった夫は、常に純粋な視線と化した透明な存在というわけではなく、彼の気配にふと気づいたヒロインや他の登場人物たちが、死者の視点を借りたキャメラに対し、正面切って視線を投げ返す場面も何度もあるし、また時には、死者たる夫が、生者であった時と同様、生身の肉体を持った人物として画面の中に実際に登場することもあり、この時、同一画面の中に収まった他の登場人物たちの中でも、彼の存在に気づく者と、彼のことには気づかないまま、そのすぐそばを行き来する者がいる、といった具合に、さまざまなヴァリエーションの映像表現が試みられている。

この点に関して福間監督がどこまで意識していたのかどうか、筆者にはよく分からないが、ここで少し立ち止まって考えてみると、実はよく似た趣向を持つ映画の例が、近年ほかにも結構あることに思い当たる。例えば、『岸辺の旅』(2015 黒沢清)では、長らく行方不明になっていた夫の浅野忠信が、その妻たる深津絵里のもとへ、ある日ふらりと戻って来るものの、実は既に彼は死んでいて、しかし見た目には生きている時と何ら変わりのない彼のことを、妻の深津絵里はさほど驚くことなく自然に受け入れ、やがて二人は連れ立って鎮魂の旅に出る。

一方、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017 デイヴィッド・ロウリー)では、この『パラダイス・ロスト』の和田光沙と同様、ルーニー・マーラ演じる妻が、事故で急死した夫に先立たれて悲嘆と孤独を味わうが、病院で白いシーツに包まれていた夫の遺体が、なぜかそのままシーツを被った幽霊となって自宅だった家に舞い戻り、この世にひとり取り残された妻の行く末をじっと静かに見守り続けることになる。しかしこの時、妻のルーニー・マーラは、和田光沙とは違って、自分のすぐそばにいる死者たる夫の存在にはなかなか気づかない。

批評家の佐々木敦氏が昨秋刊行した映画論集「この映画を視ているのは誰か?」の第一部には、その書名ともなった、視覚をめぐる同様の問題意識を共有するさまざまな現代の映画作品(その中には、上記の2作品や、タイの異才アピチャッポン・ウィーラセタクンの作品なども含まれている)を並べて論じた、「映画幽霊論」なる刺激的でスリリングな論考が並んでいるが、あるいはこの『パラダイス・ロスト』も、その系譜に連なる現代の幽霊映画の1本に数えることも可能かもしれない。

「ここはパラダイスなんかじゃないけど、人々はへこたれずに生きている」、そしてまた、「大丈夫じゃないよ、大丈夫じゃないけど、生きていく」と、今は亡き夫との失われた楽園の日々を追慕しつつも、しかし自らもこの現世で生きていく決意を固める本作のヒロイン、和田光沙の姿は、詩人にして映画作家、映画批評家という、福間監督にとっては先輩格にあたるリトアニア出身の偉才、ジョナス・メカスの映画世界ともどこか相通じていると言えるのではないだろうか。そういえばメカスには、『ロスト・ロスト・ロスト』(1976)、そしてまた『いまだ失われざる楽園、あるいはウーナ3歳の年』[原題:Paradise Not Yet Lost, or Oona's Third Year](1979)と題された、彼ならではのユニークな日記映画の傑作もあった。

(以下の拙文も、ぜひご参照あれ)

https://bit.ly/2QhtVET


...というわけで、「ゼロから始まる自分に会いに」、皆さんもどうか、この時節柄、くれぐれもご注意の上、この『パラダイス・ロスト』を観に劇場へ足をお運びください。

筆者がついグズグズしているうちに、今回の新作公開に先立つ【福間健二監督特集プラス2】の上映も、既にUPLINK吉祥寺で始まっているので、こちらもぜひどうぞ。

https://bit.ly/33gX1JV