●僕のお気に入りイーストウッド映画5本(蔵出し原稿

2019年08月30日

  • ①『白い肌の異常な夜』

    ②『センチメンタル・アドベンチャー』

    ③『許されざる者』

    ④『ミスティック・リバー』

    ⑤『硫黄島からの手紙』

    (番号は評価順ではなく、あくまで製作年順)

俳優クリント・イーストウッドの"ダーティ"なヒーロー像を決定付けたマカロニ3部作や『ダーティハリー』も無論重要だが、セルジオ・レオーネ以上に映画作家イーストウッドの誕生に寄与したドン・シーゲルとのコンビ作では敢えて①を推したい。

イーストウッドの監督作、わけても本人自ら主演も兼ねた映画の魅力は何者にも代え難い(②)が、演出に専念した④⑤は、③と同様、アメリカ映画史上のベスト級作品としてやはり落とせない。最後に(ハリウッドの伝統と歴史の教育者の役をマーティン・スコセッシにばかりは任せておけんと)、バッド・ベティカー西部劇の魅力をクエンティン・タランティーノと共に仲良く語り合う、昨年発売された米版DVD『七人の無頼漢』の映像特典を番外編として挙げておきます。

[初出:雑誌「この映画がすごい!」2007年3月号(宝島社)を若干手直しした]

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*以前、雑誌「この映画がすごい!」で、出演作・監督作の違いを問わず、あなたの一押しのイーストウッド映画5本を挙げて欲しい、というアンケートの依頼が、珍しく筆者のもとにも回って来て、リストアップしたことがあったのを思い出したので、この際ついでにここに再掲しておきます。作品選定は、あくまで2007年時点でのもので、今ならまた違うものになるかもしれない。

それにしても、やはりここで問題になるのが、タランティーノ。『七人の無頼漢』(1956 バッド・ベティカー)は、かのアンドレ・バザンが主著「映画とは何か」の中で"模範的な西部劇"として称賛した傑作で、「実際、この映画こそは私の知るかぎりもっとも知的で、かつもっとも素朴な、もっとも洗練されていながらもっとも審美的でなく、もっとも単純にしてもっとも美しい西部劇だといえる」と口を極めて褒めちぎっている。そして、「西部劇は、主知主義や派手なスペクタクルに頼らなければならないわけではない。今日、私たちが必要としている知性とは、西部劇本来の構造にこだわるために役立つべきものであって、それについて思索にふけったり、ジャンルの本質とは関係のない目的に合わせてその構造を歪めたりするような知性ではないのである」と結論付けて、この一文を締め括っている。

『七人の無頼漢』の映像特典でのコメンタリー役を経て、その後、タランティーノは、筋立てとしては『七人の無頼漢』と相似た『ヘイトフル・エイト』(2015)を自ら発表する訳だが、結局のところ彼は、イーストウッドとは違って、『七人の無頼漢』から何ひとつ学んではいなかった、と言えるのではないだろうか。


[2016.8.2 旧ブログ「In A Lonely Place」にアップ]