●下女、火女、虫女、水女、女女女… キム・ギヨンの果てしなく増殖する女地獄絵図

2019年12月18日

早いもので、今年もあとわずか半月を残すのみ。

先に紹介した圧巻の大著「映画監督 神代辰巳」をどうにか無事ひと通り読み終え、それと並行して、ついあれこれ見直していた神代映画の個人的な復習も、これ以上だらだら続けていてはマズイと、師走に入ったのを潮時にようやく切り上げる決心がついたものの、一難去ってまた一難。やっと神代の女地獄から抜け出したかと思ったら、今度はまた別の女地獄がすぐそこに待ち構えていたのであった...。

それが、今年生誕100周年を迎えるのを記念してシネマヴェーラ渋谷でつい先日開かれた、「異端の天才 キム・ギヨン」の特集上映。

https://bit.ly/2Ple4Fd

キム・ギヨン(1919-1998)といえば、韓国映画史上屈指の怪物、異端児として、彼が不慮の急死を遂げる直前の1990年代後半になってから国際的に再評価の機運が一気に高まり、死後約20年を経た今日もなお、人気がうなぎ上りとなっている伝説的カルト映画作家。かくいう筆者も、彼の映画には、2001年、東京は赤坂にあった国際交流基金フォーラムで、『下女』(1960)、『レンの哀歌』(1969)、『死んでもいい経験』(1988) の3本が特集上映された際に初めてその作品世界に接し、聞きしに勝るその奇妙奇天烈で強烈な毒気にあてられ、思わず唖然・呆然とする体験を味わって以来、長年にわたって彼の作品を追いかけ続けてきたファンのひとり。

彼が生涯に遺した32本の劇映画のうち、これまで日本に映画祭や特集上映などを通じて紹介されてきた十数本はひと通り見ていて、どこか劇薬にも似て、下手にうっかり手を出すとたちまち猛毒に感染する恐れのあるギヨン映画の妖しくも危険な魅力は、既に充分承知していたにも関わらず、今回、『下女』を久々につい見直してしまったのが運の尽きで、その後、『虫女』(1972)、『水女』(1979)、『火女 '82』(1982)とたて続けに見返し、さらには、これまで未見だった『火女』(1971)も、いまやYouTubeで見られることを知って早速それにも初めて目を通し、すっかりキム・ギヨン熱がまたぞろぶり返すハメとなってしまった。うーむ、やはり恐るべし、キム・ギヨン。

『下女』といえば、やはりその作品世界に衝撃を受けてすっかり中毒にかかったマーティン・スコセッシが、世界中の知られざる名作映画の保存と修復を目的に掲げて2007年に発足した「ワールド・シネマ・プロジェクト」の事業の一環として、同作のデジタル・リストア版の作成を強力に支援。翌2008年、カンヌ国際映画祭でそのお披露目上映が行なわれて、世界中の観客を驚倒せしめたほか、2014年に韓国映像資料院が行なった韓国映画のオールタイム・ベストを選ぶアンケート投票では、今回のシネマヴェーラでの特集でも上映された『誤発弾』(1961 ユ・ヒョンモク)、そして『馬鹿たちの行進』(1981 ハ・ギルチョン)と並んで、堂々の第1位を占めることになった、キム・ギヨンの代表作にして最高傑作の誉れ高い一作。

https://bit.ly/2PNlsYR

https://bit.ly/2LXKIum

『下女』はいまや、世界中の名作映画のDVD/ブルーレイのリリースや映像配信を行っている老舗ブランド、クライテリオンの栄えある作品リストにもしっかり名を連ねて映画の殿堂入りを果たし、もはや今日揺るぎない地位と名声を獲得した、ギヨンの最も有名な人気作といえるだろう。以下のクライテリオンのサイトでは、やはりキム・ギヨンの熱狂的ファンのひとりであることを自認する現代韓国映画界きっての人気実力派映画作家、ポン・ジュノが『下女』について語る短い紹介映像が見られるので、興味のある方はぜひどうぞ。

https://bit.ly/2rS7nS1

今年のカンヌ国際映画祭で韓国映画史上初のパルムドールに輝いた彼の話題の最新監督作、『パラサイト 半地下の家族』(2019)が日本でも間もなく劇場公開されるが、ポン・ジュノ自身、この映画を作るにあたって大きな影響源となった先行作品として、『下女』の名を筆頭に挙げている。実は筆者もこの新作をまだ見ていないのだが、映画ファンは、『下女』のことも事前に頭に入れてから『パラサイト 半地下の家族』を見ると、きっとより映画を深く楽しめるに違いない。

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『下女』は、その題名通り、とある中流階級の一家に住み込みの家政婦として雇われた若い娘が巻き起こす、衝撃的なサスペンス・スリラーにして、人を食ったようなブラック・ユーモアあふれる不条理劇。都会に上京してきた山出しの田舎娘そのものであるヒロインは、台所に出没するネズミをこともなげに素手で生け捕りにすると、それを薄気味悪がる一家の者たちに見せびらかしてケロリとした笑顔を浮かべたり、家の内や外をあちこちうろついては家族の秘密を盗み見したりと、彼女自身もまるでネズミの同類であるかのごとき、不気味で得体の知れない下等動物的存在。

その動物的本能と欲望の赴くままに衝動的な行動を繰り広げる彼女は、やがてピアノ教師たる一家の主人を誘惑して彼と情交関係を結ぶや、正妻に代わって彼を独り占めしようと、すっかり我が物顔で振る舞うようになる。キム・ギヨンは、そんなヒロインや、彼女にすっかり翻弄される家族のメンバーたちが、物語の主要舞台となる一家の二階建ての新居の閉ざされた空間の中で、救いようのない醜悪な争いを繰り広げ、各自、転落と破滅の一途を辿るさまを、ガラス戸や鏡、扉越しのショットを多用し、異化的な距離を差し挟みながら、醒めた視線でじっくりと観察し続ける。

とりわけ、家の一階と二階を繋ぐ階段が、彼らの繰り広げる室内劇の舞台空間上、決定的に重要な役割を果たすことになる。平屋から念願の二階建ての新居に移り住んだ、上昇志向の強い一家の主人たちの明るい夢と希望を、文字通りの"下女"たるヒロインが下へと引きずりおろし、打ち砕くのである。

さてしかし、キム・ギヨンの女地獄の悪夢的世界は、『下女』一作きりではまだまだ終わらない。映画ファンなら既に周知のごとく、キム・ギヨンは、『下女』を1960年に作り上げた後、同作をもとに、『火女』(1971)、そして『火女 '82』(1982)と、ほぼ10年周期で2度セルフ・リメイクを手がけることになる。さらには、『火女』の翌年作られる『虫女』(1972)も、『火女』の物語の中心となる妻と夫、そしてその愛人となるヒロインの男女3人を『火女』とまったく同じキャストの共演で描いた、『火女』の変奏版にして、その源流たる『下女』の変奏版ともいえる内容(ちなみに、キム・ギヨンはその後、『虫女』をこれまたセルフ・リメイクして『肉食動物』(1984)という映画を撮っている。そしてまた、今回の拙文の表題にも拝借したように、キム・ギヨンは、3話構成のオムニバス映画『女女女』(1968)の1挿話も監督しているのだが、残念ながらどちらも筆者は未見で、ここであわせて論じることができない。どうか悪しからず)。キム・ギヨンの女地獄絵図は、毒入りの殺鼠剤を飲まされ、あるいはまた、足で踏みつけにされて多少息絶えようとも、なおしぶとくまた新たに復活して群れ集うネズミたちのごとく、どこまでも果てしなく増殖していくのである。

『火女』と『火女 '82』でも、オリジナル版の『下女』をほぼそのまま踏襲する形で、田舎出のヒロインが生け捕りにしたネズミと戯れる場面が反復されるが、この2作品ではさらに、田舎出のヒロインを雇う一家の主婦が家の敷地内で養鶏所を営む、という新たな設定が導入され、物語の不気味さと滑稽さをより一層倍加させている。彼女と共にヒロインが養鶏所の中に一歩足を踏み入れた途端、整列したケージの中に入れられた何百羽もの鶏たちの騒がしい光景が画面いっぱいに広がるさまは、何とも壮観で圧倒的。

ネズミ同様に繁殖能力が高く、毎日卵を産む鶏たちに囲まれながら、養鶏所を営む妻とそれを手伝うヒロインは、やがて共に一家の主人の子どもを身ごもり、妻妾同居状態の中、2人はそれぞれ出産と妊娠中絶という二手の道に分かれて人生の明暗を味わったことから、彼ら男女3人は、互いに熾烈なバトルを繰り広げることになる。さらには、先にも述べた通り、『火女』の3人の主役陣が、妻と夫、そしてその愛人となるヒロインという、よく似た設定の役柄を再び演じる『虫女』では、彼ら3人がお互いの利害と目的のために奇妙な契約を結び、妻の合意と監視の下、夫の愛人となったヒロインが、性的不能に陥った彼の男性機能の回復と子作りに懸命に励む、という不思議な三角関係の愛憎劇を繰り広げていくのである。

この『虫女』の劇中に鶏は登場しない代わり、ネズミと赤ん坊は、『下女』や『火女』、『火女 '82』と同様、重要な役割を担って登場し、実際、この映画の中には、「ネズミは繁殖能力が高くて、1匹が10匹の仔を産み、10匹が100匹になり、100匹がついには1000匹になって...」云々と、ある登場人物の口をついて出る台詞もある。『虫女』は、現行の邦題名より、公開当時の韓国のポスターにもある通り、同じ文字を3つ重ねて虫がウヨウヨと蝟集し、増殖するイメージをよりダイレクトに喚起する『蟲女』とした方が、よりふさわしいのではないだろうか。

そして、モノクロの『下女』から、『火女』以降の3作品ではすべてカラー作品となり、キム・ギヨン独特の奔放な色使いがより妖しい光を放って画面を彩るようになり、閉鎖的な空間で繰り広げられる濃厚な密室劇の過剰な装飾性と息苦しさをいやが上にも高めている点も、特筆に値するだろう。例えば、『火女』では、壁一面黄色に塗られた浴室に、真っ赤なバスタオルなどが鮮やかな対比を成す形で配置される。そしてまた、その浴室に半透明のビニールシートがかかっているのと同様に、居間の隅には、蝶の装飾を施された半透明のすりガラスが部屋の間仕切りとして置かれていて、その背後で男女が睦み合う様子を微妙な形で覆い隠すと同時に垣間見させる、絶妙な視覚的アクセントの役割を果たしている。

『虫女』では、夫と、その若き愛人となったヒロインが、赤、白、緑、黄色といった、色とりどりの飴玉を一面にばらまいた透明なガラスのテーブルの上で、お互いに裸となって抱き合うさまを、その真下からガラス越しに見上げるようにしてキャメラが捉え、テーブルが振動するに従って、飴玉も蠢動しながら音を立ててテーブルを転がり落ちるという、きわめて鮮烈で印象的な場面も登場する。

そして『火女 '82』の妻は、養鶏所を営むと同時に、趣味でステンドグラスのランプシェード作りにも励んでいて、クライマックスの場面では、彼女がそのランプシェードを自ら叩き割り、色とりどりのガラスの破片がきらめくような光の乱反射と破裂音を伴って、部屋の床一面に飛び散ることになる。

キム・ギヨンといえば、とかくグロテスクな作風や題材の異様さ、社会常識や理性を逸脱・超越し、悪夢的論理に従ってあれよと見る間に傍若無人に進行する奇っ怪で強引なストーリー運びの方につい話題が集中しがちで、ルイス・ブニュエルや楳図かずおといった人々になぞらえられることがしばしば。それは確かに頷けるところで、こちらとしても格別異存はないのだが、こうした目にも鮮やかな美しい映像の数々を実際に目の当たりにすると、筆者としてはそれ以外に、例えば、鈴木清順とか三隅研次、マリオ・バーヴァ、ダグラス・サーク、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーといった、映画界における特異なマニエリストたちの系譜にも、キム・ギヨンの名を連ねたい誘惑に駆られてしまう。

(マリオ・バーヴァに関しては、右の拙文もぜひご参照あれ。https://bit.ly/34vKXUb

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ちなみにキム・ギヨンは、これまで紹介してきた『女』シリーズの作品群とはまた一見、傾向や作風の異なる作品も数多く手がけていて、こちらの系列の作品群も、『女』シリーズのものと同様、どれも刺激満点で興味深い作品が目白押し。今回の特集上映を機に、実は筆者は、それらの作品も何本か見直して、本来ならここでさらに、そちらも併せて紹介したいのは山々だが、あれこれ説明し出すとまた話が長くなるので、ここまであえて言及するのは避けてきた。

とはいえ、『女』シリーズの作品群でこれまで指摘してきた、画面いっぱいを埋め尽くす、生物や無機物の増殖するイメージであるとか、子作り、あるいは、それを裏返しにした不妊といった、数々の作品へと連綿と受け継がれていくキム・ギヨンの十八番の物語上のテーマは、実は『女』シリーズ以外の別系列の作品にも数多く共通して見られるもの。

ここでそのほんの一例を挙げると、「楢山節考」にもよく似た"姥捨て山"の民間伝承をキム・ギヨンが独自のタッチで映画化した強烈な異色作の『高麗葬』(1963)。この映画では冒頭、飢餓に苦しむ前近代的な寒村を舞台にした本編の異様な物語が始まる前に、人口問題や産児制限などをめぐって現代の学者たちがあれこれ語り合うTVの公開討論番組の様子を映し出した、何とも奇妙で人を食ったプロローグがあり、そこで生物学の学者が「ネズミは1匹が1年で725もの仔を産む」云々と、『虫女』の劇中と似たような台詞を述べる場面がある。

そしてこの短いプロローグが終わったところで、今度は、この映画のクレジットタイトルが始まるわけだが、それがまた何とも奇妙な代物で、山の峰々を写した風景ショットに被せて、白抜きの漢字の文字がずらりと立ち並んで画面をびっしり一面埋め尽くす文章がバーンと現われたかと思うと、そのうちの一部の漢字だけを残してスタッフやキャストの人名を並べた通常のクレジット紹介に切り替わる不思議な画面が、しばらく交互に続くことになるのだ。

この一連の漢字による文章は、"姥捨て山"の風習のことを記した書物の頁か何かを書き写したものなのだろうか、筆者にはその意味を判読・把握できず、正直よく分からないのだが、しかし、その長文はせいぜい数秒続いたかと思うと、次の人名紹介にさっさと切り替わってしまうので、その間に全部を読み取れる観客がいるとはあまり考えられず、ましてや、この奇妙な風習に通じていない現代の観客に向けて"姥捨て山"のことを丁寧に説明する意図で作られているとも到底思えない。筆者としては、ゴダール映画の幾つかに多少似た例があるのがせいぜい思い浮かぶくらいで、こんな奇妙奇天烈なクレジットタイトルは、ほかに見たためしがない。やはりこれも、キム・ギヨン独特のブラック・ユーモアのセンス、そしてまた、密集するモノのイメージに対する彼の偏愛をよく指し示す一例と言えるのではないだろうか。

ここでさらに『高麗葬』の本編の内容にまで足を踏み込むと、いよいよキム・ギヨンの地獄世界にずっぽりはまり込んで抜け出せなくなるので、とりあえず2つの場面写真を、詳しい説明は抜きで提示するに留めておくことにしたい。1つは、10人兄弟という子沢山の父子家庭に、新たな家族として加わった少年の立ち姿。そしてもう1つは、見ればお分かりの通り、姥捨て山ですっかり白骨化した屍の山である。

そしてこの後者の場面は、キム・ギヨンが『高麗葬』の1つ前に発表した硬派の社会派反戦映画、『玄界灘は知っている』(1961)の驚愕の戦慄的ラストシーンとも直結している。さすがにこれはネタバレになってしまうので、ここでその場面のことを詳述できないのが残念だが、しかし、人間やネズミ、鶏といった小動物から、飴玉やガラスの破片、文字、さらには、もはや生命を失い白骨化した人間の死体に至るまで、群れと化したモノに注がれるキム・ギヨンの冷徹な眼差しは、そのモノが有機体であるか無機物であるかに関わりなく、一貫していて変わらない。

そして、キム・ギヨン独自の映画世界においては、この世とあの世、生の世界と死の世界は、不思議な論理によってなぜか繋がっていて、その間を往還することが可能になるのだ。ここでまた、内容の方にまでは立ち至らず、題名を挙げるだけに留めておくが、『異魚島』(1977)にせよ、彼の遺作となった『死んでもいい経験』にせよ、このキム・ギヨン的法則は、やはりそのまま当てはまると言えるだろう。そしてまた、かのルイス・ブニュエルが偏愛した、枠物語や、回想話法の多用・重層化、物語の最初と最後が繋がってグルリと一つの円弧を描く循環話法などは、キム・ギヨンも好んで用いる常套手段でもあった。

そしてこのことを脳裡に入れた上で、キム・ギヨンのキャリアを改めて振り返ってみると、何とも興味深くて面白い作品として浮上してくるのが、近年アメリカで発見されて今回のシネマヴェーラの特集で日本では初披露となる特別上映が行なわれ、筆者もそこで初めてお目にかかった彼の最初期の短編の1本『私はトラックだ』(1953)。この作品は、当時、朝鮮戦争のさなか、旧知の友人のつてで、駐韓米国広報文化交流局(USIS)で働くようになったキム・ギヨンが、そこで監督した約20本に及ぶ教育的ドキュメンタリー作品の内の1本で、ニュース映像を撮影したフィルムの残りを活用して生み出した実験的短編。

その内容は、すっかり老朽化し、廃車寸前となっていた1台のおんぼろトラックが、自動車整備工場で大勢の工員たちの働きにより、さまざまな部品やエンジンを交換され、適切な修理を施された末、ピカピカの新車同然に生まれ変わっていくさまを、何と当のトラック本人を模した一人称のボイスオーヴァー・ナレーションによって物語っていくという、実に愉快で笑える一作。ナレーションの台詞は、キム・ギヨン自身が書いたもので、その何とも人を食ったユーモラスな内容は、まさに彼の面目躍如たるところ。さらには、死からの再生、復活というこの映画の主題、そしてまた、冒頭、空き地に打ち捨てられ、うず高く積まれた廃車の山を画面いっぱいに捉えるショットなどは、キム・ギヨンがその映画キャリアの最初の出発点から、既にして彼固有の独自の世界観を抱えていたことを雄弁に物語っていると言えるだろう。

ちなみに、この『私はトラックだ』と同じく、やはり近年アメリカで発見され、シネマヴェーラの特集で『私はトラックだ』と併映で日本では初披露上映が行なわれた、キム・ギヨン最初の長編劇映画『屍の箱』(1955)は、残念ながら音声が失われ、全編無音声・無字幕の不完全な状態での上映となった。キム・ギヨンの初期の作品は、既に散逸して失われたとされるものも多く、さらには、現存しているものでも、先に名を挙げた『高麗葬』などは、フィルムの損傷が激しく、途中で一部映像が欠落し、音声だけが残っている箇所がある。ただし、最初の方でも述べた通り、近年、キム・ギヨンの再評価が進むにつれ、『下女』のデジタル・リストア版が作成され、韓国映像資料院は、さらに他のキム・ギヨン作品の発掘や復元作業を精力的に推し進めている。

きっと、まだまだ面白い未知のキム・ギヨン作品がどこかに眠っていて、陽のあたらない場所から発見・発掘され、この世に復活する日を待ち望んでいるはずだ。そしてまた、『私はトラックだ』の物語をそのまま地で行くように、あちこちが損傷した既存のキム・ギヨン作品も、適切な復元作業を経てピカピカの新品になって甦り、その知られざる全貌を現わす日が来ることを、ぜひ期待したいところだ。