●追悼 リチャード・シッケル(蔵出し原稿)

2019年03月06日

* かつて『許されざる者』(1992)で、クリント・イーストウッドが、自らが人気スター俳優、そして映画作家となるにあたって大きな役割を果たした2人の恩師、セルジオ・レオーネとドン・シーゲルに献辞を捧げたように、今回の最新監督・主演作『運び屋』(2018)においてイーストウッドは、長年彼と深い交友関係を結び、近年相次いでこの世を去った2人の映画人に献辞を捧げている。そのうちのひとり、リチャード・シッケルが2017年の2月に死去した際、筆者も彼の追悼記事を書いて旧ブログ「In A Lonely Place」にアップしたので、以下に蔵出しすることにします。別ログの『運び屋』の作品紹介とあわせて、どうかお読みください。

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注目の第89回アカデミー賞の授賞式がいよいよ間近に迫るなか、アメリカの著名な映画評論家、リチャード・シッケルが先週末の2月18日に亡くなったという訃報が飛び込んできた。享年84。

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上記の追悼記事によると、シッケルは、5歳でディズニー初の長編アニメ『白雪姫』(1937)にすっかり魅せられて以来、映画好きとなり、生涯に見た映画の本数は、本人の概算によると、実に22590本(!)に及ぶという。

彼は1960年代の半ばから、全米有数の人気雑誌「ライフ」や「タイム」で長年映画評の健筆を振るったほか、ケーリー・グラント、ジェームズ・キャグニー、マーロン・ブランド、ウディ・アレン、スティーヴン・スピルバーグ、等々、往年の映画スターたちから同時代の映画作家たちにまで至る、さまざまな映画人たちの評伝も数多く執筆・刊行している。さらにシッケルは、そうした映画人たちの人物像と作品世界を、映像を通して改めてコンパクトにまとめて紹介する、主にTV向けのドキュメンタリー番組も数多く製作・監督し、アメリカの映画批評界の重鎮のひとりとして活躍した。

「リチャード・シッケルは、とても洞察力に富んだ批評家であり、素晴らしい書き手にしてドキュメンタリー映画作家でもあった」と、上記の映画人たちと同様、かつてシッケルの取材対象となってドキュメンタリー番組や対談本が作られたマーティン・スコセッシが、今回の訃報を受けて、早速、追悼の言葉を寄せている。

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しかし、アレンやスピルバーグ、スコセッシにもまして、シッケルが親しく付き合い、長年にわたって最も数多く一緒に仕事をしてきた同時代の自国の映画作家といえば、やはり何といっても、クリント・イーストウッドをおいて他にはいないだろう。その都度、題材となる映画人を誰かしら選び出し、評伝の執筆からドキュメンタリー番組の製作・監督までをセットにしてこなす、という点では、イーストウッドに関しても、先に列挙した映画人たちの場合と同様ではあるものの、通例は、ひとりの映画人に対してドキュメンタリー番組の製作・監督が1回きりであるのに、シッケルは、『許されざる者』(1992)の製作現場へのメイキングの取材ルポの短編2本を皮切りに、『イーストウッド・オン・イーストウッド』(1997)、『クリント・イーストウッドの真実』(2010)、『イーストウッド 語られざる伝説』(2013)と、イーストウッドその人に焦点を当てたドキュメンタリー作品を計5本も製作・監督し、それ以外にも、イーストウッドをホストやナレーターに起用して、『クリント・イーストウッドが語るワーナー映画の歴史』(2008)などのドキュメンタリー番組を作り上げている。

そして、これと並行してシッケルは1996年にイーストウッドの評伝「Clint Eastwood : A Biography」を執筆・刊行していて、1999年にエスクァイア マガジン ジャパンが出した映画本シリーズのうちの1冊「クリント・イーストウッド」において、イーストウッドのその時点での全監督作の作品解説の執筆を担当した筆者は、このシッケルの本邦未訳本を参考文献として適宜活用させてもらった。

シッケルはその後、2010年にも、さまざまな写真や図版を盛り込んだ大判の愛蔵ガイド本「クリント・イーストウッド:レトロスペクティヴ」を刊行し、こちらは邦訳されて日本でも発売されている。

近年のシッケルはなんだか、すっかりイーストウッド御用達の公式伝記作者と化していただけに、今回の訃報を受けて、きっとイーストウッド本人からも、何かコメントが発表されるだろうと思って待ち構えていたら、今日になって、「クリント・イーストウッド・アーカイヴ」なるブログサイトに、以下の記事が発表されているのを見つけた。はじめはてっきりイーストウッド本人の公式コメントかと思ったのだが、すぐその間違いに気づいた。そこでブログ開設時の最初の記事を読んでみたところ、どうやらこれは、イーストウッドの熱心なファンにしてコレクターが10年前から主宰して続けているファンサイトらしく、イーストウッド公認のサイトではないようだが、それ以外もざっと覗いてみた限りではそれなりにマニアックな記事や図版が載っていて、シッケルとイーストウッドの友好的な関係もいろいろ確認できるので、いちおうここに紹介しておくことにしよう。

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ところで、インターネット・ムーヴィー・データベース(IMDB)では、シッケルが監督したドキュメンタリーの作品数は35本を数えるのに対し、allcinemaのデータベースではなぜか、そのうちのわずか8本が邦題でリストアップされているだけで、残りの多くがこぼれ落ちている。

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けれども、実はシッケルの監督した映画関連のドキュメンタリー番組は、案外、日本のBSやCSなどでもたまに放映されていたりする。筆者の手持ちの録画ディスクをざっとチェックして確認しただけでも、例えば、『Scorsese on Scorsese』(2004)が、『スコセッシ・オン・スコセッシ』とそのままの邦題で放映される一方、『Spielberg on Spielberg』(2004)は、『映像の魔術師 スピルバーグ自作を語る』の題で放映されている。そしてまた、お馴染みの特撮映画の巨匠に焦点を当てた『The Harryhausen Chronicles』(1998)は、『特撮映画の開拓者 レイ・ハリーハウゼンのすべて』の題で放映されているし、1950年代のSF映画の魅力をスピルバーグやジョージ・ルーカス、ジェームズ・キャメロン他、豪華なメンツが思い思いに熱く語る『Watch the Skies ! : Science Fiction, the 1950s and Us』(2005)は、『ウォッチ・ザ・スカイ』の題でやはり放映されている。

そして、先に紹介したスコセッシも追悼の文章の中で触れていたが、映画評論家にしてドキュメンタリー映画作家としてのシッケルの業績を語る上で何より欠かせない重要な仕事といえるのが、彼が1970年代にアメリカの非営利公共TV局のために製作した、『The Men Who Made the Movies(映画を創った男たち)』と題されたドキュメンタリー番組の8回シリーズ。

これは、その名の通り、まさに映画の礎を築き上げた神話的巨匠たちにひとりずつ焦点を当て、監督本人の自作解説を交えてその作品世界をコンパクトに紹介するもので、そこで選び出された8人の巨匠は、アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)、フランク・キャプラ(1897-1991)、ヴィンセント・ミネリ(1903-1986)、ジョージ・キューカー(1899-1983)、ハワード・ホークス(1896-1977)、ウィリアム・ウェルマン(1896-1975)、キング・ヴィダー(1894-1982)、ラオール・ウォルシュ(1887-1980)という錚々たる顔ぶれ。各自の名前の後に付けた生没年を見ればすぐ分かる通り、『The Men Who Made the Movies』が製作・放映された1973年(この年は奇しくも、これまた神話的巨匠のひとり、ジョン・フォード(1894-1973)が79歳で死去した年でもある)、上記の8人の巨匠たちはいずれも70~80歳代と人生の晩年を迎えていた。それだけに、それまで長年キャメラの後ろのディレクターズ・チェアに陣取っていた彼らが、ここでは珍しくキャメラの前に被写体となって登場し、本人の肉声で自らの映画人生を振り返ってあれこれ述懐するさまを、さまざまな映画からの場面の抜粋を豊富に交えつつ紹介したこの番組は、まさに映画の歴史の生き証人たちの姿と肉声をしっかりとキャメラに捉えた、きわめて貴重な映像ドキュメントとなっている(シッケルはその後、このドキュメンタリー番組シリーズをもとに、8人の監督たちの話を1冊のインタビュー集としてまとめ、同じ「The Men Who Made the Movies」という題名で出版もしていて、筆者もそれはしっかり買って読んでいるが、やはり映像版の魅力には到底かなわない)。

この映像版『The Men Who Made the Movies』シリーズも、allcinemaのデータベースのシッケルの作品リストからはそっくり丸ごと抜け落ちているが、実はそのうちの幾つかは現在、日本でも容易に見ることができる。シッケル製作・監督のドキュメンタリー番組は、当初はTV放送向けに作られた後、それに関連した映画作品のDVDやブルーレイの映像特典に収録される場合も結構あって、『The Men Who Made the Movies』シリーズのミネリ篇は、ミネリが監督したMGMミュージカルの最高峰にして、いま巷で話題の新作ミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』(2015 デイミアン・チャゼル)でもその元ネタのひとつに使われている、『バンド・ワゴン』(1953) のDVDやブルーレイの映像特典に収録されている。そしてまた、同シリーズのキューカー篇は、やはりキューカーが監督したスクリューボール・コメディの傑作、『フィラデルフィア物語』(1940)の正規版の2枚組DVDのスペシャル・エディションの映像特典に収録されている、といった具合。

その一方で、同シリーズのホークス篇は、ホークスが監督を務め、『フィラデルフィア物語』と同様、キャサリン・ヘプバーンとケーリー・グラントが共演して疾風怒濤の狂乱騒ぎを繰り広げるスクリューボール・コメディのきわめつきの傑作、『赤ちゃん教育』(1938)のアメリカ版の2枚組DVDのスペシャル・エディションの映像特典には収録されているのだが、日本で出ているDVDやブルーレイには、残念ながら収録されていない(その代わりといっては何だが、目下、YouTubeでは、英語音声、そしてスペイン語字幕付きという形で、このホークス篇を目にすることが出来るので、興味がある方は、以下を試しにどうぞ。

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実は筆者はもうだいぶ以前、WOWOWの番組編成担当者に、この『The Men Who Made the Movies』シリーズをできれば全部まとめて放映してくれないか、とリクエストを出したことがあるのだが、これまた残念ながら、現在に至るまでなしのつぶて状態。誰か、この拙文を目に留めて、よーし、では、うちの局でどんと買って、一挙に放映しよう! と言ってくれる、奇特で気前のいいスポンサーは現れないかしらん?


[2017.2.22  旧ブログ「In A Lonely Place」にアップしたものに若干修正を加えた]


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* なお、『運び屋』でイーストウッドが献辞を捧げたもうひとりの人物は、フランス人のピエール・リシアン。『勝手にしやがれ』(1959 ジャン=リュック・ゴダール)の助監督を務め、カンヌ映画祭やパリの名画座の番組選定者でもあったリシアンは、1960年代後半から、俳優イーストウッド、そして後には監督としての彼の才能をいち早く高く評価して、イーストウッド映画のフランスでの売り出しを積極的に後押しし、イーストウッドのヨーロッパ進出や同地における名声確立の橋渡しをした旧友にして恩人。2018年5月に81歳で この世を去った彼は、先日開かれた第91回アカデミー賞の授賞式で、最近の物故者たちを追悼する映像クリップ集の中にも一瞬登場していた。