●ポン・ジュノ、英国の映画雑誌「サイト&サウンド」のゲスト編集者を務める

2020年02月18日

先日の第92回アカデミー賞授賞式の発表以降、『パラサイト 半地下の家族』(2019)に関するニュースが、連日さまざまなメディアやSNS上を賑わせている。

現代韓国映画界きっての人気実力派映画作家ポン・ジュノの放った同作が、かつての外国語映画賞から今回その呼び名を改め、最初のアカデミー国際長編映画賞を受賞したのをはじめ、脚本賞、監督賞、そして遂には作品賞まで制して、非英語たる外国語映画が同賞に輝くのはアカデミー賞史上初という歴史的快挙を見事に達成したのは、既に皆もよく知る通り。

こちらは、今さらオスカーの賞レースの行方をそう真剣に入れ込んで一喜一憂しながら見守っていたわけではなく(自分の趣味嗜好と世間的な評価がすんなりとは一致しないことは、既に長年の経験で承知済みで、いまや半ば達観の境地...)、それでも、毎年WOWOWでのアカデミー賞の授賞式の生中継を、なんだかんだ言いながら、つい朝から長時間付き合って見てしまう無責任な野次馬のひとりとして、今回、国際長編映画賞や監督賞などに関しては、『パラサイト 半地下の家族』の受賞も充分あり得るとは思っていて、あるいはひょっとして作品賞も......と、心の中で大穴を期待する気持ちがないわけではなかったものの、授賞式のいよいよクライマックスでのこの受賞発表は、やはり意外なビッグ・サプライズで、思わず筆者も驚きと興奮を禁じ得なかった。

この『パラサイト 半地下の家族』に関しては、先に拙ブログで、やはり韓国の今は亡き鬼才キム・ギヨンについて論じた際に、通りすがりのようにして同作のことも軽く紹介した。https://bit.ly/37C1C9U

その時点では筆者自身、この映画を未見だったわけだが、公開後、早速劇場に足を運び、キム・ギヨンとの濃密な影響関係は無論のこと、ハワード・ホークスやフランソワ・トリュフォーの作品とも因縁浅からぬ(!?)、"半地下"という独自の視点から眺める不可思議で刺激満点の映画世界を大いに堪能した。

https://bit.ly/2OUXHP9

そもそもポン・ジュノの映画作品には、長編監督デビュー作の『ほえる犬は噛まない』(2000)を、日本初お目見えの機会となったその年の東京国際映画祭での上映の際にしっかり逃さず見て、その非凡な才能と名前をいち早くこちらの脳裡にインプットしていて、その後の『殺人の追憶』(2003)も『グエムル 漢江の怪物』(2006)も、当時受け持っていた雑誌「Gainer」の新作映画の紹介欄で激賞して、彼のことを以前から応援してきただけに、今回のこのアカデミー賞授賞式での4冠受賞の歴史的勝利は、筆者にとっては素直に祝福すべき慶事。

それに、既に多くの人が口を揃えて言うように、謙虚でなおかつ愉快この上なく、たちまち聞き手の心をすっかり和ませてしまう彼の受賞スピーチが何より魅力的で素晴らしく、学生時代から映画について多くの大切なことを学んだと、先達のマーティン・スコセッシに対して壇上から敬意と感謝の念を捧げると、場内でも自然と拍手喝采と称賛の輪が広がり、スコセッシ、そしてポン・ジュノその人に対しても一斉にスタンディング・オベーションが起きたのは、今回の授賞式の最も感動的なハイライトのひとつ。

続いてポン・ジュノが、まだ無名の時代から自分のことを熱く推してくれたと、クエンティン・タラティーノに対しても「Quentin, I love you.」と感謝の念を捧げ、タランティーノの方もまた、それをしっかり受け止めたと、自分の胸を叩き、Vサインの二本指を突き出してエールの交換をするさまを見守るうち、ついこちらまですっかり胸と目頭が熱くなってしまった。

さらには、授賞式後の会見の席で、今回の作品賞受賞で外国語映画が新たな歴史の扉を開いたと思うかと問われたポン・ジュノが、いまや各言語や文化の違いを超えて、世界中の人々がSNSで繋がっている時代であり、今後は、外国語映画が受賞すること自体がひとつの事件として扱われたり、あるいは、アジアやヨーロッパ、アメリカといった具合に、映画の出自をいちいち区分けしたりする必然性もなくなってゆくのではないか、と真摯に語る姿にも、おおっ、いいこと言ってくれるじゃん! と深い感銘を受けたのだった。

それでもなお、ポン・ジュノの真の正体が、同作の劇中人物たる半地下の住人たちと同様、一見無骨でおとなしい善人面を装ってはいるものの、実はどうして、用意周到な計算高さをその仮面の背後に秘めた、人一倍したたかで腹黒い狸親父なのではないか、というかすかな疑惑の影(異臭?)も、筆者の心の片隅から完全には拭い切れずにいるのだが......。


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.....それはまあ、さておき、実はいま、イギリスの伝統ある映画雑誌「サイト&サウンド」が、ポン・ジュノをゲスト編集者に迎えて彼の特集頁を組んだ同誌の最新号が、従来の雑誌版の形式に加え、デジタル版でも刊行されて、多少の金さえ払えば日本でも入手可能となっていることを、皆さんご存知だろうか? 

https://bit.ly/39OsULF

『パラサイト 半地下の家族』が目下これだけ巷で話題になって持て囃されている割には、映画ファンにとってはそれなりに特ダネとなるはずのこのニュースを、ざっとネットで検索をかけてみても、今のところどうやら誰も注目していないのが、筆者にとってはなんとも不思議。ただ、それはそれで、昨今の映画雑誌(だけに限らず、雑誌全般)が置かれている苦しい状況を端的に物語る指標のひとつなのかもしれない。

「サイト&サウンド」誌といえば、英国映画協会(British Film Institute)が1930年代から発行し続けている伝統と格式ある映画雑誌で、とりわけ1952年を皮切りに、1962年、1972年......と、同誌が世界各国の著名な映画監督や映画評論家たちに呼びかけて10年ごとに行っている映画史上のオールタイム・ベストテンのアンケートは、世界中の映画ファンによく知られた、おなじみの恒例行事。興味のある方は、過去の同アンケートの集計結果を以下でどうぞ(ちなみに、現時点での最新版たる2012年のリストで、1962年以降、長らく不動のトップの座にあった『市民ケーン』(1941 オーソン・ウェルズ)を押しのけて、初めて第1位となったのは『めまい』(1958 アルフレッド・ヒッチコック)。以下、第2位『市民ケーン』、第3位『東京物語』(1953 小津安二郎)......と続く)。

https://bit.ly/38BKL8x

https://bit.ly/2OYCvaM

さてしかし、SNSの普及で、世界中のさまざまな情報へのアクセスが容易となり、わざわざ金を出して専門の映画雑誌を買わずとも、最新映画の主要スタッフ・キャストや物語のあらすじ等の基礎的なデータ情報から、幾多の媒体の映画評やインタビュー記事、動画、さらには口コミによる映画の評判の良し悪しまで、手軽にネットでただで入手できる時代が到来した現在、映画雑誌が次第に売れなくなって先細りとなるのは、(こちらの商売にも関わるので何とも心苦しいことではあるものの)やはり理の必然であり、日本でもつい最近、人気映画雑誌の「映画秘宝」が目下発売中の2020年3月号をもって休刊するという衝撃的なニュースが発表されて、多くの映画ファンや長年の愛読者たちを驚かせ、悲しませたのは、まだ記憶に新しいところ。

その辺りの事情は、洋の東西を問わず、いずこも似たようなもので、実は先ほどから紹介しているこのイギリス発行の映画雑誌「サイト&サウンド」も、昨年の6月、長らく同誌の編集者を務めていたベテラン・スタッフが、新天地を求めて職場を去る一方、従来の印刷物の雑誌を残しつつも、デジタル・ファーストの21世紀の出版ニーズにより見合った将来へ向けて方向転換をするにあたって、その舵取りができる新たな編集長をぜひ求む、という大胆で思い切った募集広告を打ち(詳しい裏事情はよく分からないが、むしろ、苦し紛れの窮余の一策というべきかも)、業界内にちょっとした波紋を呼んでいたのだった。https://bit.ly/2P5HarM

結局、イギリスの音楽雑誌「NME」の編集者をしていたマイク・ウィリアムズが、その募集に応じて「サイト&サウンド」誌の編集長の座に就き、彼の新体制の下、新たな冒険的試みのひとつとして、今回ポン・ジュノを「サイト&サウンド」誌の特別ゲスト編集者として招き、その最新号が目下発売中という次第。

長い歴史を誇る「サイト&サウンド」誌では、今回が初めての試みということだが、ただ、著名な映画作家を映画雑誌の特別責任編集に招くという点では、映画ファンには既によく知られた先例がある。1951年、映画批評家のアンドレ・バザンらによって創刊されて、若き日のジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらがそこに参集して作家主義の映画批評を繰り広げ、やがてヌーヴェル・ヴァーグを生む直接的な母胎となったフランスの映画雑誌、御存知「カイエ・デュ・シネマ」がそれで、同誌では発刊300号の記念号にゴダールを特別責任編集長として招いたのを皮切りに、400号ではヴィム・ヴェンダース、500号ではマーティン・スコセッシ、そして600号では北野武をそれぞれ特別責任編集長の座に据え、彼ら独自の視点と発想のもと、ユニークな特別企画を盛り込んだ雑誌特集号を刊行している。

(以下は、スコセッシを特別責任編集に招いて1996年3月に刊行された「カイエ・デュ・シネマ」誌の500号記念号を、ポン・ジュノを特別ゲスト編集者に招いた「サイト&サウンド」誌の2020年3月号と並べたもの。第92回アカデミー賞授賞式では、すっかり年老いた好々爺と化していたスコセッシだが、さすがにこちらの表紙ではまだ精悍な表情を見せていて、若い!)

今回、ポン・ジュノを特別ゲスト編集者に招いて刊行された「サイト&サウンド」誌の2020年3月号は、ポン・ジュノの特集頁が総計で20頁ほどで雑誌全体の5分の1程度。ポン・ジュノ自身へのロング・インタビューなどもなく(代わりに、映画批評家のトニー・レインズが彼のこれまでのキャリアを振り返る総括的な序文記事を執筆している)、かつてのカイエの特別記念号などに比べると、相対的に小ぶりで、正直、若干物足りない感じがするのは否めないところ。それでも、ポン・ジュノが『パラサイト 半地下の家族』を作るにあたって事前に作り上げた詳細なストーリーボードを、実際の映画のさまざまな場面写真と引き比べながら紹介したり、ポン・ジュノ自身、さまざまな外国映画を見たり、映画本、雑誌を読みながら、映画を学んでいった学生時代の思い出を書き綴った短いコラム、そしてまた、『パラサイト 半地下の家族』にも大きな影響を与えた同国の偉大な先達、キム・ギヨンの傑作『下女』(1960)のことが、ここでも改めて大きく取り上げられて紹介されていて、映画ファンならば決して読んで損はないはず。

今日のご時世、デジタル版で読むのも無論ひとつの手だが、今のうちに早めに買って記念に手元に置いておくのも悪くないと、オススメしておこう。