●ブログ再開の挨拶、および、「許されざる者」について

2018年11月11日

2016年の春から約1年半にわたって筆者が続けてきたブログ「In A Lonely Place」を、2017年秋、自らのとんだ失態で肝心の中身を一挙に消滅させてしまい、やむなくブログをいったんきれいさっぱりたたむに至った、不測の出来事からほぼ丸1年。今回、やはり筆者が偏愛するニコラス・レイ監督の傑作のひとつの原題を拝借して、その名を「On Dangerous Ground」と改め、ブログを再開することにしました。前回同様、また映画のことを中心に、ぼちぼちマイペースであれこれ書いていこうと思っているので、どうかよろしくお付き合いください。

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さて、筆者がブログを休んでいる間にも、世の中は刻一刻と時を刻み、どんどんめまぐるしく移り変わりながら進行しているのが、当たり前のことながら非情な現実というもので、こちらも、そういつまでものんべんだらりとはしていられない、という気持ちに駆り立てられるわけだが、そのことをまざまざと痛感させられる驚天動地の意外な陰謀劇が、実はこちらの知らぬ間にすぐ近くで着々とひそかに進行していたのだった。

そのことを筆者が遅まきながら知ったのは、つい最近の先月末、総計500頁を超える重厚な大著として世に出た、さる映画本の刊行がきっかけ。同書の著者たるY氏は、元来個人的に20年近くも長い付き合いのある知人であり、その詳しい内容までは知らされていなかったものの、ある人気映画ジャンルに関する分厚い本を出すという話だけは前々から聞かされていただけに、苦節何年といった感じでようやく完成し、著者から寄贈された同書を、筆者としても喜び勇んで読み進めていったのだが、いざ中身を読み進めるに従い、まるで思いも寄らなかったある種の毒が本の中にひそかに仕込まれることに気づいて愕然とし、なおかつ慄然とする事態に立ち至ったのだった。

それというのも、この本の中で言及され、論じられている、さまざまな映画作品や映画作家、プロデューサー、あるいは映画ジャンルなどについて、筆者自身も、あれこれ色んな文章をこれまで書いてきて、それらの拙文が参照されている節が、同書のここかしこに見受けられるのに、参照文献の記述に、こちらの名前は一切なく、その代わりに、それを糊塗するかのように、わざわざ別の著書名が参照文献として挙げられているようなありさま。

筆者としては、長年にわたって、きわめて近しい仕事仲間、同志と思って親しく付き合ってきたはずのY氏が、まさかこちらに対して、そんなあてつけがましい卑劣な真似をするはずはないと、自分でも疑心暗鬼の念を必死で振り払おうとしていたものの(身近なはずの人間が、ある日突然まるで別人に豹変し、不気味な敵対者として立ち現れる、まさにノワールのような悪夢的世界!)、しかしなんとかその精神的苦痛を押し殺して本の後半を読み進めても、相変わらず似たようなケースが散見され、そしてとうとう最後までどうにか読み終えたところで、やはりこれは、Y氏が何らかの下心と悪意を抱いて敢えて意図的にやっているに違いない、と結論付けるに至ったのだった。

この本全体の中で筆者が何がしなりとも貢献している部分は、おそらく一部にすぎないにせよ、こちらもそれなりに手間暇をかけ、あれこれ考えた上で発表した他人の研究調査の成果を、その人の名前は一切出すことなく、適当に取捨選択していいとこ取りした上で、改めて自分の文章として研磨・精錬し、最終的にファイルを上書き保存して、ハイ、これで一丁あがり、とすることが、はたして倫理的に許されることなのだろうか。そしてまた、これを言葉による圧殺的暴力、私的制裁と言わずして、いったい何だろうか。

こちらの文章を叩き台にするなら、まずはその人の名前も出した上で論戦に挑むのが、当然の筋であり、その上でなら、こちらもそれを受けて立つ覚悟もあるものの、はじめから名前すら挙げてもらえず、ただもう恰好の調理材料として不当に搾取され、踏み台に利用された挙げ句、闇から闇へと葬り去られるのでは、こちらの立つ瀬がない。これはまさにnaming namesの裏返しともいえる事態であり、それと同様、あるいはそれ以上に卑劣で悪意ある裏切り行為と断じざるを得ないと、さる敬愛する人物を介して断固抗議をY氏に申し入れ、正式な謝罪を要求したものの、一向に悪びれることもなく相手からそれを拒否されてしまった。


かくして、筆者としてもおよそ本意なことではなく、あまり世間様に対して大声をあげて広く耳目を集める類いのことでもないのだが、しかし、決して自分の主張が単なる言いがかりではなく、ましてや他人の本のおこぼれに与ろうなどという、さもしい根性でしたことでは毛頭ないことを証立てるためにも、前のブログで書いた拙文の一つ ― 赤狩りや裏切りという主題を真っ向から見据えて描いた、まさにハリウッド・フィフティーズの負の陥没点というべきハリウッド映画「大砂塵」(1954 ニコラス・レイ)を中心的に論じ、奇しくも今日のこの出来事が起こることをまるで自分自身予感していたかのように「Secret Behind the Names」と題した ― を、初出の年月日をここに明示し(2016年10月15日にブログにアップしました)、一字一句文章の内容は変えずに、ここに再掲することにします。

他人同士の不毛な争いに関心を示す物好きな方も、そうは多くないでしょうが、お暇と興味のある方は、以下の拙文と、Y氏が著書の中で記述している「大砂塵」の文章、さらにはY氏が章末に註で挙げている参考文献の文章を、ぜひじっくり読み比べてみてください。