●シネマ解放区 『夕陽のガンマン』(1965 セルジオ・レオーネ)+『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966 セルジオ・レオーネ) [蔵出し原稿]

2018年11月16日

前回同様、筆者が前のブログ「In A Lonely Place」で書いた文章の一つを、初出の年月日を明示した上で、文章の内容は一字一句変えることなく、そのまま再掲することにします。

お暇とご興味のある方はどうか、この紹介文や、その文末にアドレスを貼ったWOWOWのオンライン・サイト「Talkin'シネマニア」に掲載された筆者のクリント・イーストウッド論、そして「ザ・シネマ」のサイトに掲載されたセルジオ・レオーネ論と、Y氏の新著の第九章におけるイーストウッドとレオーネ、そしてドン・シーゲルに関する記述について、じっくりと読み比べてみてください(それと、同書のあとがきも)。

*********************************


CSの洋画専門チャンネル、ザ・シネマの「シネマ解放区」の8月号に、セルジオ・レオーネ監督とクリント・イーストウッドがコンビを組んで生み出したマカロニ・ウェスタンの決定版、『夕陽のガンマン』(1965)と『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966)の紹介記事を書きました。下記のオンライン・サイトに既にアップされているので、どうかお読みください。

https://u0u0.net/NAm5

筆者はこれまで、イーストウッドやドン・シーゲルについては、個々の作品解説から作家論まであれこれ何度となく書いてきたものの、レオーネについては、なぜか正面切って書く機会があまりなかった。ただ、思い返せば、筆者がイーストウッドの映画に最初に接したのは、たしか『夕陽のガンマン』をテレビで見たのがそもそものはじまりで、たぶん10歳になるかならずの頃。『荒野の用心棒』(1964)や『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』もほぼ同時期に見ていたはずで、シーゲルやイーストウッド自身の監督作に接するのは、もう少し後になってからのことだった。

昔話ついでにこの際ここで思い切って告白すると、その頃やはり、『リオ・ブラボー』(1959 ハワード・ホークス)や『エル・ドラド』(1966 ハワード・ホークス)をテレビで何度も見ていて、イーストウッドとジョン・ウェインは、子供の頃から筆者の大のお気に入りスターだった。その頃はたしか、これらの映画は、野球中継が雨天中止になった際の予備の差し替え番組に充てられていて、既に繰り返し見ていたのに、今日も雨になってくれないかな、と天に祈ったような覚えもあるのだが、単なるこちらの記憶違いだろうか? 無論まだ録画機器などが普及する以前の話で、いずれにせよ、今日とは隔世の感がある。そして、これも10歳の時、テレビで『街の灯』(1931 チャールズ・チャップリン)を見て、珠玉という言葉とその意味を初めて覚え、筆者の映画好きは決定的になったのだった。

最初にテレビの短縮版で見たのがまずかったのか、後年、筆者がもう少し成長してから、名画座やビデオで、2時間強ある『夕陽のガンマン』や2時間半以上ある『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(約3時間ある現行の完全版が日本にも登場するのは、DVDが発売された今世紀以降のこと)を全長版で見返してみると、どうにも冗長で散漫という印象は免れがたかった(ホークスの映画は、決してそうは思わなかったのに)。それに筆者の方でも、その後あれこれ見て知った、もっと硬質で引き締まった低予算のノワール映画に一層心惹かれるようになって、こちらの映画体質や嗜好が変わってしまったせいもあるだろう。

イーストウッドを間に挟んでのレオーネとシーゲルの睨み合い、というと、奇しくも、本論中でも述べたマカロニ・ウェスタン3部作の三つ巴の構図に近づくことになるが、俳優イーストウッドの"ダーティ"で寡黙なペルソナを磨く上で、レオーネとの出会いが果たした役割は、無論計り知れないものがあるにせよ、映画作家イーストウッドの誕生にあたっては、レオーネよりもシーゲルの方が間違いなく大きく寄与しているはずだ。筆者が子供の頃、最初期に出会った思い出深い映画に些かケチをつけるのは何だか心苦しいが、やはりどうしても、レオーネ&イーストウッド・コンビではなく、シーゲル&イーストウッドのコンビの側に軍配を上げざるを得ない次第。

それから、とめどもなく肥大・膨張化する映画世界ということで言えば、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』をオールタイム・ベストの1本と公言するクエンティン・タランティーノは、今やまさにレオーネと同じ轍を踏んでいるようで、どうもマズイのではないだろうか。タランティーノがレオーネを見習って身に着けたと思しき、宿命の対決の瞬間をどこまでも引っ張って先延ばしにした挙げ句、間髪いれぬ絶妙のタイミングで瞬時にスパッと落とし前をつける十八番の演出も、出だしの頃は目の覚めるような緩急の落差の妙で観客をうならせたものだが、最近はすっかりもう、ひと頃の切れ味の鋭さを失い、ただただ無闇にズルズル引っ張るだけの、だらしなく弛緩し切ったお座敷芸に成り果てているように思えてならない。『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)も『ヘイトフル・エイト』(2015)も、正直、筆者はまるで買えずにすっかりウンザリし、全篇を最後まで見通すのに、地獄の苦痛を味わったものだった。レオーネじゃなくて、シーゲルを見直せよ、とタランティーノに言っても、今さらもう手遅れだろうなあ、きっと。そういえば、シーゲル&イーストウッド・コンビの最高傑作『白い肌の異常な夜』(1971)を、なんとソフィア・コッポラが近々リメイクするとの報が流れているけど、はたしてどうなることやら...。

*なお、以前、イーストウッドのキャリア全篇と、レオーネについても若干触れて書いた拙文があるので、未読の方は、今回の原稿とぜひ併せてお読み頂けると幸いです。

https://u0u0.net/NAmT


[初出:2016.7.31 拙ブログ「In A Lonely Place」にアップ]

*********************************

* ちなみに、シーゲル、イーストウッド双方と、近くて遠い関わりの合った映画プロデューサー、ジェニングス・ラングに関する記述については、2009年に発売されたドン・シーゲルDVD-BOXに付された筆者のブックレット解説「ドン・シーゲル再入門」の中の次もぜひご参照ください。