●コラージュのトラヴェリング ― ジョゼフ・コーネル、金井久美子、岡上淑子展を見て回って

2019年04月01日

    • 日常の生活を平凡に掃き返す私の指から、ふと生まれましたコラージュ。

      コラージュ――他人の作品の拝借。鋏と少しばかりの糊。

      芸術――芸術と申せば何んと軽やかな、

      そして何んと厚かましい純粋さでしょう。

      ただ私はコラージュが其の冷静な解放の影に、

      幾分の嘲笑をこめた歌としてではなく、

    • この偶然の拘束のうえに、

    • 意志の象を拓くことを願うのです。

    •  

    • (岡上淑子)     

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ここ最近、すっかり暖かくなった春の陽気に誘われて、奇しくも東京近辺で同時期に開催されている、互いに密接に関連した美術展をたて続けに見て廻ったので、今回は、それについての紹介と報告記事を、それこそコラージュ風にそれ以外の異なる断片情報も適当に織り交ぜながら、気ままに書き進めることにしたい。

はじめに、今回筆者が見て廻った展覧会の作家名を3人並べると、ジョゼフ・コーネル、金井久美子、岡上淑子。そして、この拙文を「コラージュのトラヴェリング」と題したのには、それなりにしかるべき理由があって、ここから上記の3人を繋ぐ影の主役ともいうべき、もうひとりの重要人物が浮上してくるような次第。......と書くと、既にもうお分かりの方もいるだろうが......おっと、ただしマックス・エルンストはここではひとまず除外......、その人物の名を早速ここで明かすと、金井美恵子。実は彼女は、筆者が学生時代以来、長年ずっと愛読し続けている作家のひとり。

現代有数の甘美で精緻極まりない文体の持ち主たる小説家であると同時に、犀利な洞察力に満ちたエッセイスト、映画批評家でもある彼女には、スイスの異才ダニエル・シュミットの怪奇メロドラマ映画『ラ・パロマ』(1974)を論じた文章があり、「コラージュのトラヴェリング」と題されたその作品評(日本では1984年に正式に劇場公開された同作のパンフレットに最初に掲載され、今では「金井美恵子エッセイ・コレクション[1964-2013]4 映画、柔らかい肌。映画にさわる」で容易に読むことが出来る)の中に、以下のような言葉が出てくる。

  • ......そして、キャバレーや城や蒸気を吐く汽車のコンパートメントの、布類や家具やグラス類の沈んだ艶やかさ、アルプスの峰を背景に歌われる二重唱と、峰の重なる空を横ざまに灰色の雲のようにゆっくりと、だが、唐突にあらわれる空想の力、ちょうどゴンドラに横たわった位置から眺めているように、美しい水色と白の装飾のある宮殿の外壁をトラヴェリングするカメラ、ラ・パロマの楽屋の壁に張られたポスターや写真や干からびた薔薇の花束、鏡、グラスの上をたゆたうカメラ、そうした物を(そうしたフィルムを)、さて、何と呼ぶべきだろうか。そうしたさまざまな物を、密やかな、好きな物だけで出来あがった雑多で優美なコレクションを、自慢気に(そう、まさしく、無邪気な自慢そうな身振りで)繰りひろげて見せるダニエル・シュミットを、何と呼ぶべきだろう。

    『ラ・パロマ』は、アメリカの独特なシュルレアリスト、無数の小さな箱のなかに愛らしい小さな物だけで出来た宇宙をつめ込み、自ら何本かの短編映画も作ったジョセフ・コーネルを、私に思いおこさせもするし、ジャン・ヴィゴの『アタラント』の、白い花嫁衣装と船の吐く白い煙、川面が反射する光のゆらめくまだら、ミッシェル・シモンのキャビンにおかれた子どもじみたがらくたのコレクションを思い出させもするのだ。

そしてまた彼女には、やはりシュミットについて語った講演録「カードを切るようにシーンを組み換える語り口でダニエル・シュミットには「牡丹燈籠」を撮らせよう」があり(1987年冬、東京・お茶の水にあるアテネ・フランセ文化センターで行なわれたもので、当時まだ学生だった筆者も、拝聴しに会場まで足を運んだ。この講演録は、やはり同センターで行なわれた他の講演者たちのものとあわせて、淀川長治・蓮實重彦編「シネクラブ時代」にはじめ収録され、先の「コラージュのトラヴェリング」と同様、「金井美恵子エッセイ・コレクション[1964-2013]4 映画、柔らかい肌。映画にさわる」にも再録されている)、そこでも以下のようにコーネルの名前が引き合いに出されている。

  • ......シュミットと[引用者注:彼の監督作品の多くの撮影を手がけたレナート・]ベルタの作る画面というのが、何で、どうも好きかと言うと、ジョセフ・コーネルというアメリカの絵描きと言いますか、オブジェ作家がおりまして、この人はマルセル・デュシャンの「グリーン・ボックス」や何かを実際に製作した人なんですね、小さいいろんなオブジェを集めて自分で手作りの箱を作る、日本でも三度くらい展覧会があった人で、このジョセフ・コーネルというオブジェ作家の作品の感じにどことなくシュミットの世界が似ていて、それでまずひかれたということがあるんです。ジョセフ・コーネルという人は、箱の中にいわば小さい世界を閉じ込めちゃったような、レビューの舞台やバレエやオペラの舞台をそのまま小さい箱に閉じ込めちゃったようなコラージュと物を使った作品を作っている。[......中略......] コラージュとして、映画のスクリーンのような箱の中に閉じ込めて小さい箱をいくつもいくつも作った人で、映画評論なんかも書いた人で、自分の好きな映画スターのスチール写真とか、ブロマイドとか、それからそのスターのイメージに合ったいろんな小さなブローチとか、花束とかそういうものを集めて箱を作っちゃって、その箱の中に自分の書いた文章とか手紙とかそういうものも入っているんです。

     そういうスターに捧げる箱というものを作って、例えばトニー・カーチスの箱というのを作って、トニー・カーチスに贈り――まあトニー・カーチスはあまりうれしくなかったらしい、と瀧口修造さんに話を伺ったことがありましたが――ペニー・アーケードというタイトルの箱のシリーズの中で、ローレン・バコールの箱とかそういうのを作っちゃう人なんです。[......後略......]

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さて、ではここらでそろそろ肝心のコーネル展の方へと話を進めることにしよう。千葉県の佐倉市にあるDIC川村記念美術館で現在開かれている今回の展覧会「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」展では、同館が以前から所蔵するコーネルの箱7点に加えて、国内の他の美術館や個人蔵のアッサンブラージュの箱が計20点ほど集結して館内の広い部屋をいっぱいに使って陳列されていて、それがやはり何とも壮観。

https://ur0.biz/CvA6

後年の「ホテル」シリーズの箱が比較的多く展示されていたのが目についたのと、先の金井美恵子の文章の中で言及されていた「ペニー・アーケード」シリーズのものにはやはりお目にかかれなかったのが残念だった代わりに、「ローレン・バコールのペニー・アーケード・ポートレートのための習作」として、そのスケッチや構想メモが間近で見られたのが個人的には嬉しい収穫だった。

ちなみに、本来の「無題(ローレン・バコールのペニー・アーケード・ポートレート)」は、バコールの映画デビュー作『脱出』(1944 ハワード・ホークス)を見てたちまち彼女に魅了されたコーネルが、子供時代にペニー・アーケードでよく遊んだゲーム機風の仕掛けを施した特製の箱の中央や上下左右に、バコールのさまざまな写真やNYマンハッタンの超高層ビルの切り抜きなどを配し、箱の右側面の上に取り付けられた開口部から木製の玉を投入すると、玉が箱の内部のガラス製の滑走路の上を幾重にも蛇行しながら転がっていき、その玉の動きを追いながら自然と鑑賞者の視線も、まるで映画のトラヴェリング・ショットさながら箱の隅々にまで目が行き届くようにいざなう、何とも精巧で手の込んだ素晴らしいオブジェに仕立て上げたもの。

この遊び心に富んだ珠玉の傑作は、2014年、元の所有者たる高名なコレクター夫妻の手を離れてクリスティーズで競売にかけられ、530万ドル以上もの高額で落札されたとのことで、いまや我々がこのコーネルの箱を容易に拝むことはおろか、それを使って玉遊びをすることなど到底叶いっこないわけだが、その競売の前にクリスティーズが以下の動画をユーチューブにアップしてくれているので、ぜひご一見あれ。

https://bit.ly/2Jjr1wl

なお、コーネルの箱の鑑賞の仕方について、アメリカの詩人チャールズ・シミックは、短い断章を積み重ねて書き上げたユニークなコーネル論「コーネルの箱」(柴田元幸・訳)の中の一節で次のように述べている。

  • ●ミニチュアの詩学

     コーネルの箱の理想的な眺め方は、床に置いてそのかたわらに横たわることかもしれない。

     コーネルの箱のなかから子どもの顔がじっとこちらを見ていることは、驚くにはあたらない。そしてその子供たちが、遊んでいる子供特有の夢見る顔をしていることも。子供たちは、自分がいまだ世界の主人公である、時計のない日々の幸福な孤独を生きている。箱は想像力が君臨していた日々の遺宝箱なのだ。むろん箱たちは、子供のころの夢想に立ち戻るよう私たちを誘っている。

そして、同書より10年以上も先立って、やはり柴田元幸の手により邦訳出版されたスティーヴン・ミルハウザーの第一短編集「イン・ザ・ペニー・アーケード」の表題作は、まさにその子供から大人への端境期にある12歳の少年主人公が、とある夏の日に、かつて幼年期の自分を深く魅了しながら今では埃をかぶって荒廃したペニー・アーケードへ久々に足を踏み入れて体験するひそやかな出来事を、実に鮮やかに描き出している。

  •  突然僕はペニー・アーケードの秘密を理解した。

  •  胸の内側を殴られたような衝撃とともに僕は理解した。ペニー・アーケードの住人たちは、もはや彼らを信じなくなった人々の視線の呪縛によって、その自由を失ってしまったのだ。その内にひそむ豊かな本性を見ることができない無数の客たちの容赦ない残酷な眼差しが、彼らの尊厳と神秘を押しつぶしてしまったのだ。じわじわと、己れの真の姿の茶番にすぎぬ存在へと貶められ、木のようにぎこちない三つか四つの動きしか許されなくなっていても、彼らはいまなお、かつて彼らのものであった生命を内に秘めている。彼らを理解する者の、慈しみに満ちた視線を浴びれば、元の彼らに近い姿に一跳びに戻れるかもしれないのだ。

この短編「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中に、コーネルの名前は特に言及されてはいないが、しかしその題名からしてやはり彼のことを意識している様子が窺えて、ここに引用したミルハウザーの文章は、先に挙げたシミックの文章と同様、コーネル独特のあのひたすら純粋無垢で郷愁を帯びた作品世界を理解する上で、ずばり核心を衝くものの一つと言えるのではないだろうか。同書のカバーの装丁には、喜多村恵という人の箱型のオブジェが用いられているが、これまた見るからにコーネルの影響が色濃い作品と言える。

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さて、ここで改めて映画の世界の方へ話題を戻すと、コーネルの世界をつい連想させる現代の映画作家として、ウェス・アンダーソンの名前を挙げないわけにはいかないだろう。一作ごとに、映画の登場人物たち一人一人のキャラ設定を念入りに施し、各自の個性や趣味、世界観を色濃く反映した衣裳や小道具、あるいは、彼らが住まう屋敷やホテルの部屋などの居住空間、そしてまた、彼らが乗り込む探査船や列車などの乗り物の内装・外装に至るまで、美術セットやデザインのあらゆる細部に拘りながら、ドールハウス的な小宇宙を丹精込めて作り上げて観客に提示するウェス・アンダーソンの箱庭的な映画作りは、やはりどこかコーネルの箱を想起させずにはおかない。

(*筆者が以前に書いて当ブログにもアップした『ファンタスティック・Mr.FOX』(2009)の作品評も、どうかあわせてご参照あれ。)

https://u0u1.net/nXVE

実際、2013年にアメリカで刊行された本邦未訳の大判の豪華ヴィジュアル本、「ウェス・アンダーソン・コレクション」の巻頭の序文で、作家のマイケル・シェイボンは、「アンダーソンの映画は、しばしばジョゼフ・コーネルのアッサンブラージュの箱と引き比べられてきた」と書いている。シェイボンはその文章の中で、世界はとても大きくて複雑で不思議と驚異に満ち溢れていると同時に、取り返しようもなく壊れていることを、人は誰でも、幼年期から思春期、そして大人へと成長していく過程で遅かれ早かれ痛感し、その感情が彼らの人生をつきまとうことになる。そしてある種の芸術家たちは、壊れて失われてしまった世界を何とか取り戻すべく、あちこちに砕け散った断片を懸命に拾い集めながら独自のミニチュア世界を作り上げることを試みるが、しかしそこで彼らは、またしても大きな問題に逢着することになると、アンダーソンとコーネル、さらにはウラジーミル・ナボコフを例に挙げながら、彼らの共通性について興味深く論じている。その序文の改訂版が以下のサイトでも読めるので、興味のある方はぜひどうぞ。

https://u0u1.net/UoAS

この「ウェス・アンダーソン・コレクション」という書物自体、その名の通り、『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996)から『ムーンライズ・キングダム』(2012)に至る、その時点でのアンダーソンの全監督作のさまざまな場面カットや撮影風景、小道具や美術セットなどが、全ページにわたってカラフルな写真やイラスト、同監督のインタビューなどと共にぎっしり蒐集・紹介されていて、まさにオモチャ箱をひっくり返したような楽しい内容の豪華カタログ本、ないしは特製のアートブックと呼んだ方がふさわしい。

ただし、実のところ、同書の中で、シェイボンの序文以外には、アンダーソン監督自身の発言などでコーネルに対する直接的な言及はなく、コーネルが幾つかの「メディチ家の王女」の箱を作る際に題材に用いたイタリア・ルネサンスの画家、アーニョロ・ブロンズィーノの作品が、『天才マックスの世界』(1998)の視覚面での発想源の一つになったとして、一人の青年貴族の肖像画を掲載しているのが目につく程度。

けれども、「ウェス・アンダーソン・コレクション」が刊行された後にアンダーソンが発表した監督作『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)では、作品の題名にも用いられた映画の主要舞台となるホテル(ブダペストの名が冠されてはいるものの、物語の舞台は実はハンガリーの首都ではなく、東欧のどこか架空の国)が華やかなピンクの色をまとって登場して、通称「ピンクの宮殿」と呼ばれるコーネルの箱との視覚的類似が映画・美術ファンの間で話題を呼び、コーネルとアンダーソンとの影響関係が改めて裏付けられる形となった。

ちなみに、この「ピンクの宮殿」シリーズのほかに、コーネルは、自らはNYに生まれ育ち、生涯にわたって外国旅行をすることがなかったにも関わらず、古い旅行ガイドに掲載されたヨーロッパの諸都市のホテルの広告の切り抜きを使って、「ホテル」シリーズと呼ばれる異国情緒漂うアッサンブラージュの箱を数多く手がけ、その中には「グランド・ホテル」の名が含まれたものも何点かある。

そして、この「グランド・ホテル」を介して、面白いことに、金井美恵子の文章の引用と共に最初の方で紹介した、今は亡きスイスの異才ダニエル・シュミットが、ここで再び登場することになる。実は彼の祖父母がスイスの山中でホテルを経営していたというシュミットは、そこで過ごした自らの少年時代の思い出をもとに、『季節のはざまで』(1992)という半ば自伝的な映画を作りあげている。いや、それだけではない。先に紹介した『ラ・パロマ』の劇場パンフレットの中に掲載された監督インタビューの中で、シュミットは既に次のように語っていた(「シネマ74」誌No.192からの抜粋。葉月よき子・訳)。

  •  小さい頃、ぼくは《グランド・ホテル》(!)という雑誌を見るのがとても好きだった。それはスイスの駅ならどこでも置いてあったもので、とくに外国人労働者のためのフォト・ロマン(写真による物語)の雑誌だった。『今宵かぎりは...』を撮りおえたあとに、《グランド・ホテル》みたいなものを作りたいという気になったのだが、それが映画になるのかフォト・ロマンになるのかは自分でもわからなかった。

そして、その構想がまず、映画『ラ・パロマ』として生み落とされたわけだが、もう片方のフォト・ロマンを作るというアイディアも、やがて実現化されることになった。それが1982年、本国のスイスで出版された映画作家シュミットに関する研究書に収録された「フォト・ロマン《グランド・ホテル》」で、そこでは『今宵かぎりは...』(1972)や『ラ・パロマ』を含む、彼の最初の5本の監督作から抜粋された数多くのモノクロの場面写真が、1頁あたり6枚ずつ、短いキャプションを添えて並べられ、いわばコマ割りのマンガのように目で見て楽しめるように構成されていた。

その後、シュミットは、彼の友人で芸術史の研究家であるペーター・クリスティアン・ベーナーとの共著で、これまでの自身の映画とはまったく別個の書物を、より一層大胆かつユニークなスタイルで世に送り出した。それが、1983年にドイツ語版で刊行され、日本でも2009年になってようやく詩人の阿部日奈子の邦訳により出版された、「楽園創造 書割スイス文化史」という書物。先に紹介した「ウェス・アンダーソン・コレクション」と同様、この「楽園創造 書割スイス文化史」も大判の豪華ヴィジュアル本で、いかにも魔術師風の扮装をしたシュミットが、自らの故国であるスイスが、いかにしてこの世の楽園として見出されて、豪華な宮殿風ホテルも建造され、観光立国として栄えていったかを、さまざまな古今の文献・図版資料から寄せ集めた写真や挿絵を巧みにコラージュしながら、パノラマ風に絵解きして見せた、まさに彼ならではの一風変わった奇書と言えるだろう。

『グランド・ブダペスト・ホテル』を作るにあたって、アンダーソン監督や撮影スタッフが、"グランド・ホテル"形式と呼ばれる群像劇のスタイルを生み出したことでも知られるハリウッドの古典映画『グランド・ホテル』(1932 エドモンド・グールディング)を参照したことは確かなようだが、はたしてアンダーソンは、シュミットのこうしたヴィジュアル本、あるいは彼の映画作品を見たことはあるのだろうか。

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さて、ここまで"グランド・ホテル"形式ではなく、映画史上最も流麗な移動撮影によるキャメラワークにより、数々の素晴らしい長廻しのトラヴェリング・ショットを生み出す名手であった神話的巨匠、マックス・オフュルス監督の傑作の一つである『輪舞』(1950)に倣って、コーネルを中心に、踊りの相手役を次々と交代させながら、ロンド形式でこの文章を書き綴ってきたが、めぐりめぐって再びシュミットが登場し、一つの大きな円を描いたところで、ようやく今回のお題の第二の主役たる金井久美子へ話題を移すことにしよう。

金井久美子といえば、ここで改めて紹介せずとも既に御存知の方も多いだろうが、金井美恵子の2歳年上の姉である画家・造形作家。そしてまた、1968年に刊行された金井美恵子の小説デビュー作「愛の生活」以来、半世紀以上にわたって、妹の著作の装丁・装画のほとんどを手がけてきたブックデザイナーでもあり、金井美恵子の愛読者は自然と、姉・久美子の作品にも慣れ親しんできたはず。昨2018年の春に発売された季刊雑誌「早稲田文学 特集 金井美恵子なんかこわくない」に綴込みで収録された「金井美恵子著書目録1968~2018年」の表紙一覧と書誌情報により、これまで姉妹の名コンビで世に送り出されてきた数多くの書物の外観を一目でざっと総覧することができる(下記のものは、全体の約3分の1程度)。

今回、筆者が見に出かけたのは、上記の著書目録にさらに新たな仲間が加わり、本2019年になって発売された金井美恵子の最新エッセイ集にして、本の装丁やレイアウト、そして本のここかしこにちりばめられた絵やオブジェを金井久美子が手がけた「たのしい暮しの断片」の刊行を記念して、銀座にある村越画廊で催された金井久美子の新作個展。

https://urx.space/N9wo

この都心のビルの一室にある小さな画廊では過去にも何度か彼女の個展を開いていて、筆者も一度、2007年、やはり金井姉妹のコンビで世に送り出された「楽しみと日々」の刊行を記念して催された金井久美子の作品展を見に足を運んだことがある。この「楽しみと日々」は、帯の惹句をそのまま拝借すると「オブジェとエッセイによる、映画へのオマージュ。」さらに続けて、「ドライヤー、ワイズマン、ルノワール、ロメール、イーストウッドから、小津安二郎、成瀬巳喜男、山田五十鈴、韓国映画まで。さまざまな、いとおしい細部が煌めく、アッと驚きのエレガントな「映画の箱」がひろげられる――。」とある通り、映画に関する金井美恵子のエッセイと、姉妹お気に入りの古今東西の映画作家やスターたちをモチーフに、金井久美子が写真や切手、宝飾品、ミニチュアの家具、等々を巧みに組み合わせて作り上げた、それこそまさにコーネル風のボックス仕様のオブジェを美麗なカラー写真で多数収録した、何とも優雅で贅沢な気分が味わえる素晴らしい書物。

金井久美子はほかにも、金井美恵子の「恋愛太平記」や「重箱のすみ」、「昔のミセス」などの表紙に、箱を用いた自らのオブジェを装丁していて、今回の個展でも、あるいはそうしたコーネル風のアッサンブラージュの箱が観られるかも、と期待して会場に足を運んだのだが、今回はあくまで、「たのしい暮しの断片」に収録された、猫や兎をはじめとするさまざまな動物や花の絵画作品が主体となっていて、少々あてが外れた感じ。ただ、そうした中、複数の箱や木枠を組み合わせた「小鳥たち」という題名のオブジェで、コーネルにとってもお気に入りのアイテムの一つであった可愛らしい小鳥たちに出会えたのと、今は亡きヌーヴェル・ヴァーグの映画作家エリック・ロメールをモチーフにしたコラージュがしっかり展示されていて、じっくり間近で眺められたのは、コーネル・ファン、そして映画ファンの一人として、何より嬉しかった。

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そして、紹介がつい最後になってしまったが、今年の1月から東京都庭園美術館で開催されているのが、岡上淑子のフォト・コラージュを一堂に多数集めた「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展。

https://urx.space/4WkU

「ライフ」や「ヴォーグ」など、海外のグラフ雑誌やファッション雑誌の頁を鋏と糊で自在に切り貼りして、何とも優雅でかつ現実離れした不思議なフォト・コラージュ作品を生み出し、戦後復興期の1950年代の日本に突如、斬新で華麗な幻想世界を現出させた、当時まだ20代の若き女性・岡上淑子のわずか7年ほどの短くも鮮烈な創作活動は、近年になって改めて注目を集め、再評価の機運が高まっているが、筆者が彼女の名を初めて知ったのは、やはり金井姉妹の書物を通してのこと。

2012年に刊行された金井美恵子の小説「ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ」の表紙のカバーに、川べりの都会の夜景をバックに、あでやかな夜会服のドレスに身を包み、なぜか頭に銀食器のボウルを被った女性が、のけぞるように身を後方にくねらせながら、右手は虚空から唐突に差し出された誰かの手先に握手するようにしてつかまり、左手は背後に引きずるドレスの裳裾をつかみながら、不自然な姿勢でポーズを決め込む、何とも不思議で印象的な写真が用いられていて、たちまちそれに目を惹きつけられることになったのだった。

同書のあとがきには

  •  本書を美しい謎のように包み込んでいる岡上淑子さんのフォト・コラージュは、本書の装幀者の姉が偶然(というか必然的にと言うべきでしょう)彼女の写真集(DROP OF DREAMS, 2002 Nazraeli Press)を見つけ、一目でその写真に魅了されたことがきっかけで、私の本に月の光のような輝きを加えてくださいました。一九五〇年代にまだ年若い少女だった岡上さんは、エルンストのコラージュを知らずに独特なコラージュを制作していたのですが、長い間、多くの人々には知られることのない存在でした。時間をこえて、私たちに与えてくれた岡上さんの作品の衝撃の波が、また新たな小説を書くことへ誘い込むようです。

と書かれ、その言葉通り、金井美恵子は、今度は岡上淑子の6つのフォト・コラージュを実際に自らの作品世界に織り挟みながら、連作小説とエッセイから成るユニークな構成の書物『カストロの尻』を2017年に上梓することになる。

また、その間の2016年には、雑誌「ユリイカ 総特集◎ダダ・シュルレアリスムの21世紀」でも、岡上淑子の20点以上に及ぶフォト・コラージュの作品群と、その知られざる経歴の紹介に大きく紙幅が割かれ、そこで筆者は、「ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ」の表紙のカバーに使われた岡上淑子のフォト・コラージュ「彷徨」が、ファッション雑誌に掲載されたリチャード・アヴェドンのモード写真を巧みに切り貼りしたものであったことを、遅まきながら初めて知ったのだった。

今回の庭園美術館での展覧会で、岡上淑子の数多くのフォト・コラージュの現物と念願の対面を果たし、その何とも優雅で神秘的であると同時に、軽やかなユーモアをたたえ、どこか伽噺めいた不思議な浮遊感が漂う彼女独自の作品世界の魅力に、改めて深い刺激と愉悦を覚えた。

当初はまったくの独学でコラージュ制作を始めた岡上淑子は、瀧口修造を介してシュルレアリスムのコラージュの先駆者たちのことを初めて知り、とりわけ20世紀最大の奇書の一つとも言われるマックス・エルンストの最初のコラージュ小説「百頭女」に衝撃を受けて、自らの技法をより洗練化させていったという(そしてエルンストの「百頭女」はまた、コーネルのコラージュ制作にも決定的なインパクトを与えた作品でもあった)。

とはいえ、彼女が、エルンストの模倣というより、あくまで自らの感性の閃きに従いながら、さまざまな不思議なオブジェに頭をすげ替えた「百の頭」を持つ女、あるいは「無頭」の女性たちを登場させた一連のフォト・コラージュが、展覧会でもやはりひときわ印象的だったが、それらを間近で眺めながら筆者がふと連想したのは、フランスの異端の映画作家ジョルジュ・フランジュのユニークな作品群、とりわけ『顔のない眼』(1960)と『ジュデックス』(1963)の2本のカルト映画の名作だった。時期的には、フランジュの映画の方が、岡上淑子のフォト・コラージュよりも後の作品になり、もとよりここで筆者は、両者に直接的な影響関係があると言いたいわけではないが、例えば、

  • 異色の恐怖映画と言うべきか、異端のポエジーとよぶべきか、息を呑む怪奇な美しさだ。

    [......中略......]夜の河原をひきずられていく若い女の死体の脚の白さ、白いゴムの仮面をつけた白いガウンの娘、闇夜に舞う白い鳩......白のイメージが妄執のようにこの暗黒の闇の世界に取り囲まれた映画にとり憑く。

と「山田宏一のフランス映画誌」に書き記された詩的恐怖映画の傑作『顔のない眼』。

岡上淑子「沈黙の奇蹟」
岡上淑子「沈黙の奇蹟」

あるいはまた、

  •  大鷲のような猛禽の頭をすっぽり頭巾のようにかぶったタキシード姿の長身の紳士が、白いハトの死骸を右手に持ち、長い廊下をゆっくりと歩いていく。

     その夜は仮装舞踏会。男も女もみな鳥の仮面をつけて踊っている。そのなかをかきわけて、白いハトを手に猛禽の頭の紳士が通る。おどろく人々の前で、紳士は死んだハトをよみがえらせる。魔術師チャニング・ポロック扮するジュデックスの登場する見事なシーンだ。

と、やはり同書の中で書き記された、もともとはフランス映画の古典として知られるルイ・フイヤード監督の同名の無声連続活劇映画 (1916)に対するフランジュのオマージュであり、リメイク作品である『ジュデックス』の詩的でシュールな一場面などは、そのままでずばり岡上淑子のフォト・コラージュの世界そのものと言っても、一向におかしくない気がする。

岡上淑子「招待」
岡上淑子「招待」

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......さて、これまで、金井美恵子の文章の引用をふりだしに、ジョゼフ・コーネル、金井久美子、岡上淑子と3人のコラージュ作家たちのことを、その合間にほかの幾人かのアーティストたちも召喚しながら気ままに書き綴ってきたが、どうも筆者の悪い癖で、あれもこれも、とつい欲張って、あちこち寄り道をしたり、あらためて調べ事をしたりして、さまざまな関連情報を盛り込むうち、すっかり手間暇を食って文章は長くなるわ、記事を脱稿してブログにアップする時期も予定を大幅に遅れるわで、ふと気づくと、2番目に紹介した金井久美子の銀座の画廊での新作個展は、既に先週末で終わってしまっていることに、遅まきながら気づいた。そして最後に紹介した庭園美術館での岡上淑子の展覧会も、閉会まで残すところ、あと1週間。しまった、なんという失態!

さらには、最初に紹介したコーネルの展覧会に関しても、「コラージュ&モンタージュ」と副題にあるように、今回の見どころの一つとして、これまであまり知られてこなかったコーネルの特異な映画作家としての側面にも焦点を当て、彼の監督したレアな短編映画が10数本、会場内で随時鑑賞できるようになっていて、本来ならじっくり語るべきそれらの映画作品についての説明を、これまで省いてきた。そこで、ここからは大急ぎでその点についても触れておくことにしよう。

コーネルは、特異な映画作家であるという以前に、実は無類の映画好きで、とりわけ映画草創期の短編フィルムやその断片を好んで自ら安く買い集める映画コレクターでもあった。そして、自らが所蔵する既成のハリウッドのメロドラマ映画のフィルムを独自に再編集して、彼のお気に入り女優の出演場面だけを繋ぎ合わせ、別個の短編映画に仕立て直すという、かのマルセル・デュシャンの"レディメイド"のアイディアの応用というべき、アッと驚くコロンブスの卵的発想により、最初の"監督"作『ローズ・ホバート』(1936)を発表したのを手始めに映画の自主製作に乗り出し、その後もやはり同じように、既成の映画フィルムの断片を独自にコラージュ&モンタージュして短編映画を連作した。

『ローズ・ホバート』
『ローズ・ホバート』

さらに1950年代の半ばからコーネルは、それまでとは映画の製作スタイルを変え、スタン・ブラッケイジやルディ・バークハートといった他の実験映画作家たちをキャメラマンに起用して、コーネル自身長年住み、愛着のあるNYの街角や公園の風景、そこに集う近所の子供たちや鳩の群れ、台座の上で静かに羽根をたたんで安らぐ天使の彫像、等々を被写体に、都会の田園詩ともいうべき静謐で穏やかな短編を数多く作り続けた。

これらの短編映画を個々にさらに細かく紹介していくと、またこの先すっかり長くなってしまうので、ここらでそろそろ筆者の説明は切り上げて、今年96歳でこの世を去ったジョナス・メカスに早くもここでご降臨を願って、名著「メカスの映画日記 ニューアメリカン・シネマの起源 1959~1971」(飯村昭子・訳)に収録されたコーネルの映画についての素晴らしい文章を引用させてもらうことで、この長文を締め括ることにしたい。

  • 1970年12月31日

    ジョーゼフ・コーネルの目につかぬ寺院

    [......前略......]コーネルの映画はホーム・ムーヴィの真髄である。それらの作品はすべて、毎日どこででも見られる非常に身近なものを扱っている。大きなものでなく小さなもの。戦争とか激情とか劇的な衝突とかそういう状況ではない。彼のイメージはもっともっと単純だ。公園にいる老人。鳥がいっぱい止まっている木。時間をもてあまして町をうろついている青い服の女の子。泉水の中に落ちる水。墓地の木陰のこの上なく優しい表情の天使。天使の翼の上を通りすぎる雲。ああ何と表現すればいいのだろう。"天使の翼にかろやかに触れて通りすぎる雲"。この『天使』の最後のイメージは、映画が生み出した最も美しい暗喩の一つだ。

    [......中略......]

    ああ、だけどまちがっても私の文章や、コーネルのささやかな映画について書く私の書き方や、彼の映画そのものが非常に素朴に見えることから、それらが"日曜"映画作家や映画道楽者の作ったものだときめつけないでほしい。それはまちがいだ。コーネルの映画は、彼の箱の作品やコラージュと同様、長年にわたる収集と精選と手入れの産物である。それらは自然界のさまざまなもののように、ほんの少しずつ育ってゆき、時が至った時に外界にあらわれる。

    [......中略......]

    コーネルの芸術はその制作(あるいは成長)の過程に関しても、年代とは無縁である。彼の作品には――箱であろうとコラージュであろうと映画であろうと――どこか時間の停止した領域に置かれているような質があり、まるでわれわれの"現実の世界"をわれわれの実体が固着されうる別の世界まで延長したものであるかのように思える。われわれの住んでいる世界は、あらわれては消えてゆく無常のものだが、コーネルの世界は永遠で、つねに彼の作品を見にくる人びとの感受性に何度でも触れうるものでもある。ああ、この空間、この世界。

    [......中略......]

     ジョーゼフ・コーネルの箱、コラージュ、ホーム・ムーヴィは、われらの時代の目につかぬ寺院である。つまり、今日われわれに残されている素晴らしいものはすべて、ほとんど目につかぬものばかりなのだ。しっかりと探してみなければ、ほとんど目につかない。

それから最後にもう一つ。金井美恵子が文章を書き、金井久美子がブックデザインを手がけた姉妹コンビの傑作の一つに、長谷川潾二郎の猫から、ルノワールの犬、李朝民画の虎に至るまで、金井美恵子が、自分の好みのさまざまな画家や絵などについて美術エッセイを書き、それらの図版をスクラップブック風に寄せ集めた「切りぬき美術館 スクラップ・ギャラリー」という美しい書物があり、そのうちの一章が、「ジョセフ・コーネル 箱の旅人」と題されて、コーネルとその作品紹介に割かれている。

DIC川村記念美術館で現在開かれている今回のコーネル展のカタログは、製作の進行が遅れていて発売は5月下旬予定とのことだが、どうやらそこに、この「ジョセフ・コーネル 箱の旅人」が再録されるとのこと。カタログの一日も早い完成をぜひ望みたいところだ。


*なお、今回の文中、敬称はすべて略させて頂いたのと、引用した文章によって、コーネルのファーストネームが、ジョゼフ、ジョセフ、ジョーゼフと、日本語表記が若干異なるものの、あえて表記の統一は図らなかったことを、最後に書き添えておきます。