●インソムニア患者の眠れない憂鬱な夏

2020年09月13日

前回、ログを更新してからすっかり時間が空いて、ひと月近い日々が経過してしまった。

実はこの間、避暑と静養を兼ねてしばらく海外でバカンスを楽しんでいたもので... 、皆さま、どうもご免遊ばせ、などとサラリと言えたら、どんなにか気分がいいだろう、とは思うものの、無論そんな優雅で贅沢な生活は、貧乏人には所詮縁がない夢物語。

この週末、筆者の住む東京では、久々に朝から涼しくて、まずまずしのげる気温となり、これでようやく多少は人心地がつけるようになったものの、今年もまた、夏は一段と厳しい酷暑の日々がいつまでも長く続いて熱帯夜&猛暑日のオンパレードがもはやごく当たり前のようになり、ほんと1日1日をどうにか乗り切って生きるのに精一杯で、地獄の毎日だった!

以前にも何度か書いた通り、毎年この時期になると、筆者はすっかり夏バテにやられて、気力・体力共に減退モードに入ることを余儀なくされるわけだが、今夏は、いつになく重度の不眠症にも悩まされて、(クーラーを適宜活用しているにも関わらず)夜はろくすっぽ眠れないまま、朝から既にくたびれ切った状態で起き出し、四六時中、重くてボーっとする頭を抱えて一日を過ごすハメとなり、たまに映画を見に外へ出向いても、ふと気づくと、電車や映画館の中でいつの間にかぐったりと眠り込んでしまうようなありさま。それに、コロナ禍のせいで、この暑さの中、相変わらずマスクを着用しなければならないのも何かと煩わしくて鬱陶しく、世の中とはたえず薄膜を隔てて接しているような、何ともモヤモヤとしてすっきりしないアウェイの気分を、余計に増幅させられている感じ。

妙な距離と違和感を覚えて一向に気分が晴れない、と言うことでいえば、今のご時世もまさにそう。アベ政権が、無能無策の失政続きで進退窮まった末に、またもや全てを無責任に投げ出す形で自ら退陣表明をし、これでようやく、不正と腐敗が大手を振ってまかり通る今日の日本社会の澱み切った空気も早晩入れ替わって気分が清々する、と思ったのは、ほんの束の間。いかにも安っぽい筋立てのお涙頂戴の三文芝居が、なぜかまんまと功を奏して(とは到底思えないのだが、しかしともかくも、今日の翼賛体制下にある取り巻きメディアの後押しもあって)、後継者争いの行方は早々に大勢が決すると共に、従来通りの路線の継続が今やすっかり既定事項とみなされ、単にトップの首が当面すげ変わるだけで、空々しい掛け声ばかりの政治体制は、この先も一向に何も変わらない気配がいかにも濃厚。

最近はなんだか、周囲の人々がいつの間にか、見た目は以前と変わらないまま、中身がまるで別の思考回路を持つエイリアンにすり替わり、人体乗っ取りと地球侵略の恐るべき陰謀計画がひそかに着々と進行する、ドン・シーゲル監督の戦慄のSFスリラーにして傑作ノワール、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956)』の何とも不気味な悪夢的世界がまさに現実と化しているようで、ほんと行く末が思いやられる感じ。

ちなみに、この映画の原題は『Invasion of the Body Snatchers』だが、シーゲルはこの題名はひどくて最低だとして、シェイクスピアの「マクベス」の台詞の一節から採った『Sleep No More』(手持ちの福田恆存訳で、当該箇所を参照すると、「もう眠りはないぞ! マクベスが眠りを殺してしまった」)に改題すべきだと主張していたものだった。しかしその一方で、シェイクスピアの独自の翻案・映画化を幾度も試みた黒澤明は、『悪い奴ほどよく眠る』(1960)とも述べているわけで...。

それから、先日ロードショーでようやく目にしたマルコ・ベロッキオの監督最新作『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019)では、マフィア組織=コーザ・ノストラの一員たる主人公が、今やすっかり腐敗・堕落しきった組織に幻滅と憤りを覚え、並み居る組織の兇暴な連中を相手に回して、ただひとり敢然と反旗を翻し、自分は決して裏切り者なんかじゃない、組織を堕落・腐敗させてその名誉を傷つけたのは、あんたたちの方じゃないか、と啖呵を切って組織の内情告発に堂々踏み切り、組織の腐った連中を一網打尽の逮捕に導くという、何とも痛快で型破りなドラマを鮮やかに描き出して、ここ最近の筆者の鬱憤を久々に吹き飛ばし、大いに溜飲を下げる思いを味わわせてくれたが、しかし今の日本社会に、そんな義侠心と反骨心に富んだ傑物の出現を待ち望むのは、所詮無理というものか。

https://bit.ly/3meJQ57


ここで視線をさらに海外に転じてみると、いま世界的な広がりを見せている「Black Lives Matter (BLM)」問題で、国内の人種の分断と対立をむしろ一層煽り立てているトランプ米大統領が、なんとノーベル平和賞の候補にノミネートされた、などというトンデモニュースを聞かされる始末で、おいおい、マルクス兄弟の喜劇映画の世界じゃあるまいし、ほんと、御冗談でショ、バカもいい加減、休み休み言えよと、すっかり脱力感に襲われてしまう。

以前、拙ブログで、2016年のさる年にちなんで、ハワード・ホークスの『モンキー・ビジネス』(1952)をネタに筆者が作った年賀状を紹介したことがあるが、

https://bit.ly/2Rj9l7h


同じ年に、こちらはマルクス兄弟の映画(原題は同じ『Monkey Business』だが、邦題は『いんちき商売』(1931 ノーマン・マクロード))をネタにして作った別ヴァージョンの年賀状も、この際ここでお目にかけることにしよう。


***************************************

...まあ、そんなこんなで、最近の筆者はどうも、イマイチ意気の上がらない日々を過ごしている次第だが、このままグダグダと愚痴モードで終わるのはやはり癪にさわるので、最後に、この先公開が楽しみな新作映画を一つ紹介して、せめて明るい気分で今回の拙文を締め括ることにしたい。それが、その名もずばり、『American Utopia』(2020)という作品。

これは、筆者の長年のお気に入りミュージシャンのひとりであるデイヴィッド・バーンが、2018年に発表した同題のソロ・アルバムをもとに、さらにそのアルバムの収録曲以外に、彼がかつてフロントマンを務めた人気ロック・バンド、トーキング・ヘッズのヒット曲も織り交ぜながら、自らステージ・ショーに仕立て直し、2019年の10月から今年2020年の2月までブロードウェイで連続上演されたライヴ・コンサートの模様を、あのスパイク・リー監督が改めて映画化した作品。

(ちなみに、このブロードウェイ公演を収録したライヴ・アルバムは、既に発売されていて、元のアルバム「American Utopia」と共に、筆者の愛聴盤となっています、はい。) 

つい先頃、カナダのトロント国際映画祭でお披露目上映されたばかりのホヤホヤの新作映画だが、海外評をみると高評価がずらりと並び、中にはかつてトーキング・ヘッズがジョンサン・デミ監督と組んで作り上げた、今なおロック映画の最高峰に聳え立つ傑作『ストップ・メイキング・センス』(1984)に匹敵する出来栄え、と絶賛するものもある。

https://bit.ly/2RnTjc4

https://bit.ly/2Ftydqj


(筆者が以前書いた、ジョナサン・デミ監督とデイヴィッド・バーンの黄金コンビによる映画紹介の拙文は、以下をどうぞ。

https://bit.ly/3mjlh71


リー監督は、みな一様にグレーのスーツの上下を着込み、各自ワイアレス・マイクを装着したバーンと他の11人のミュージシャンたちが、簡素なステージの上を所狭しと動きながら歌い踊るライヴ・パフォーマンスを、多彩なキャメラ・アングルを駆使して躍動的に捉えると同時に、楽曲によっては、ステージの実況収録という枠組みを飛び越え、先にちらりと紹介したBLMなどの時事問題も織り交ぜ、今日のアメリカ社会の現実もしっかり見据えながら、単に非現実的なユートピアを夢見るのとはあくまで一線を画す、極上のエンターテインメントに仕上げているとのこと。全米では来月から有料のケーブルTV局、HBOで放送・配信される予定で、どうやら現段階では日本の公開は未定だが、できれば日本でも近いうちに、どこかのペイチャンネルで映像配信されるだけでなく、最上の音響装置を備えた劇場で公開される日が訪れることを、ぜひ待ち望みたいところ。

それから、この拙文をあれこれ書き綴っている間に、黒沢清監督の最新作『スパイの妻』(2020)が、第77回ヴェネチア国際映画祭でみごと監督賞の栄誉に輝いた、という朗報が飛び込んできた。この新作、筆者はまだ見ていないが、同監督の長年のファンのひとりとして、素直に祝福すべき慶事。どうもおめでとうございます! これまた、映画の公開をぜひ楽しみに待ちたいところだ。


この機会に早速便乗するようで、なんとも恐縮ではあるが、今回の拙文の中で触れたドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』とも密接に関連する形で、以前、黒沢清監督の『散歩する侵略者』(2017)について筆者が書いた作品評があるので、興味のある方は、ぜひ以下を 参照ください。

https://bit.ly/2RlEK95