●『ANIMA』(2019 ポール・トーマス・アンダーソン)

2019年07月03日

イギリスの人気ロックバンド、レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークの最新ソロ・アルバム「ANIMA」のリリースに合わせて、同題の映像作品の配信が先月末からNetflixで始まっている。同作の監督を務めているのは、ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTAと略)。

https://bit.ly/2Nuc6nf

PTAといえば、既に周知の通り、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)を皮切りに、『ザ・マスター』(2012)、『インヒアレント・ヴァイス』(2014)、『ファントム・スレッド』(2017)と、やはりレディオヘッドの一員であるジョニー・グリーンウッドをたて続けに映画音楽家に起用して野心的な作品を相次いで発表し、そしてまた、2016年に発表されたレディオヘッドの9枚目のアルバム「A MOON SHAPED POOL」に収録された数曲のミュージック・ビデオの監督を既に手がけている。

(*そのうちの1曲「Daydreaming」のMV https://bit.ly/1YcYbw2 )

上記のMVは、日本ではたしか、YouTube以外に映画館でもお披露目上映される機会があり、筆者がそれを最初に目にしたのは、シネマヴェーラ渋谷で何かの特集番組の前にオマケとして上映された時だったような気が......と、ふと今思い出して改めて調べてみたら、やはりそうだった。以下を参照のこと。

https://bit.ly/308G5T9

その「Daydreaming」のMVの中では、哀切でメランコリックな反復的メロディに乗せて、トム・ヨークが、ホテルや病院、一般家庭など、さまざまな建物の部屋のドアを次々と開いては、眼前に立ち現れる日常的光景のひとコマを順繰りに通り抜けていく様子を、まるで死者か幽霊がこの世に静かに別れを告げるかのように、不思議な透明感ある映像とともに描き出していた。

一方、PTAの最新監督作たる今回の『ANIMA』(2019)は、「Daydreaming」のMVの淡く儚い白日夢のような光景からすっかり暗転して、その作品世界は陰鬱で悪夢的なディストピアと化し、誰もが皆、生気を失い、ただもう死んだように惰眠を貪る、地下鉄車内の男女の乗客たちの群れに混じって、やはりヨークも、もう少しであわや眠りに落ちそうになるさまを映し出すところから、物語の幕が開く。そして彼らが、自らの意志や個性を欠いたまま、まるで操り人形かロボットさながら、痙攣的な身振りを機械的に繰り返す中、乗客の中でただひとり、ヨークとふと一瞬視線を交わして見つめ合った女性が、車内にランチボックスを置き忘れたまま、他の乗客たちとともに一斉に車両から駅に降りるのを見て、慌ててそのランチボックスを持って彼女の後を追いかけたヨークは、なおも悪夢の論理に従って不条理な状況に次々と直面し、まるで強風に煽られて舞い散る木の葉のようにすっかり翻弄されながら、運命の女性を追い求めて不思議な異世界の中をさまようハメとなる。

劇中で主人公の運命の女性に扮しているのは、ヨークの現在のパートナーであるイタリア人女優のダヤナ・ロンチオーネ。撮影が行なわれたロケ地は、あのフランツ・カフカを生んだチェコの首都プラハと、フランス南西部の町レ・ボー=ド・プロヴァンス。そして今回、撮影監督としてPTAと初めてコンビを組んだのは、『セブン』(1995 デイヴィッド・フィンチャー)や『エヴァの告白』(2013 ジェームズ・グレイ)などで知られる現代屈指の名キャメラマンのひとり、ダリウス・コンジ。

劇中の会話や台詞などは一切ない代わりに、先にヨークが初めて全面的に映画音楽に挑んだ『サスペリア』(2018 ルカ・グァダニーノ)でも、劇中のドラマの中核を成す舞踏団の数々の印象的なダンスの振付を手がけたフランス系ベルギー人の俊英コレオグラファー、ダミアン・ジャレの振付による匿名的な男女の群舞を全編にフィーチュアし、先鋭的な音楽とコンテンポラリー・ダンス、そして陰翳に満ちた映像美が見事に一体化して、まさにPTAならではの眩惑的で刺激と見どころ満載の映像作品に仕上がっている。

Netflixでの配信に先立つ予告の段階では、本作はあえて「One-Reeler(一巻もの)」と名付けられ、「名詞:映画。なかでも漫画映画や喜劇など、フィルム1巻分の10分から12分ほどの長さのもの。とりわけ無声映画の時代に人気があった」と、その予告編の冒頭にわざわざ文章を添えて紹介されていた。

実際には、この『ANIMA』は、ヨークの同題の最新ソロ・アルバムの収録曲の中から、「Not the News」「Traffic」「Dawn Chorus」の3曲を使用した、3部構成のなかなか贅沢でゴージャスな短編に仕上がり、完成作の長さも15分弱と、かつての「一巻もの」よりは多少尺がはみ出す形となったが、悪夢のような不条理世界の中を、狂言回しさながら、一条の希望の光を追い求めてぎこちない足取りでさまよい歩くヨークの滑稽な姿は、つい観る者の微苦笑を誘わずにはいられず、まさに往年のドタバタ喜劇を彷彿させるもの。実際、PTAはこの『ANIMA』の製作過程について自ら語ったインタビュー記事の中で、あの不世出の天才喜劇王バスター・キートンの名を引き合いに出しながら、ヨークも彼と同様の身体能力やロマンティックな性格を兼ね備えていると述べ、ヨークへの演出指導として「もっとバスター・キートン風に!」と言い続けたと打ち明けている。

https://bit.ly/324UWQ9

ここでPTAは、キートンのどの映画のことを指しているのか、具体的な作品名は挙げていないが、『ANIMA』のとりわけ中盤のパートで、本来足元を堅固に支えるべき舞台の基軸がなぜかズレているために、皆が自らの身体の重心のバランスを取るのに苦労して、身体を不自然なまでに斜めに傾けながら前進後退を繰り返し、時に、身体の重心のバランスを失ってあえなく舞台から下に滑り落ちていくさまを奇想天外なタッチで描く場面を見ながら、筆者がつい脳裡に思い浮かべたのは、キートンが荒れ狂う暴風雨に懸命に立ち向かい、虚空に向かって捨て身のダイブを試みる、『キートンの蒸気船』(1928 バスター・キートン&チャールズ・F・ライズナー)の爆笑場面だった。

(もう少し『キートンの蒸気船』の全体的な物語の流れをつかみたい方は、YouTubeにアップされている以下の抜粋動画をどうぞ。こちらには、この映画の最大の見せ場の一つである、ハラハラドキドキの決死のギャグ場面も含まれているので、映画好きは必見!)

https://bit.ly/2XpEco8

『キートンの蒸気船』の中のキートンの暴風雨との必死の格闘場面は、飛行機のエンジンを効果的に使い、爆風を人工的に作り出して撮影されたものであるのに対し、前述の『ANIMA』の中盤のパートは、カメラの設置場所やアングルに創意工夫を凝らし、舞台の基軸と人物の立ち位置のズレた関係が、画面を軽く一見しただけではなかなか分かりづらいように巧みに設定されている。いずれ近い将来、その撮影の舞台裏を明かしたメイキング映像も紹介されるに違いなく、これはあくまで現時点での筆者の個人的な推測に過ぎないが、おそらくPTAは、この場面では、キートンの映画以外に、あのフレッド・アステアが、ホテルの室内でひとり優雅にダンスのステップを踏むうち、いつしか重力の法則を超越して、部屋の壁や天井まで自由自在に闊歩し、上下左右に360度回転しながら華麗に踊り続ける、『恋愛準決勝戦』(1951 スタンリー・ドーネン)の名高いケッサク・ミュージカル場面のトリック撮影を参照・応用したのではないだろうか。その超絶技巧のトリック撮影の仕掛けが、以下のYouTube動画で一目瞭然に分かるので、興味のある方は参考までにどうぞ。

https://bit.ly/2JpsYGn

そして3部構成の『ANIMA』の最終パート、ヨークが探し求めていた運命の女性と再びめぐり合い、次第に長い夜が明けて空が白み始める中、2人の前にまるで奇蹟のように路面電車が静かに姿を見せるあたりの展開が、これまた思わず溜息が出るほど素晴らしい。路面電車が登場する映画には、PTAもお気に入り映画の1本に挙げる無声映画の屈指の傑作『サンライズ』(1927 F・W・ムルナウ)を筆頭に、『バリエラ』(1966 イエジー・スコリモフスキ)や『シルビアのいる街で』(2007 ホセ・ルイス・ゲリン)、『イマジン』(2012 アンジェイ・ヤキモフスキ)等々、なぜか粒選りのメロドラマの秀作が揃っているが、PTAのこの短編もそれらに決して引けを取らない。

既にPTAやトム・ヨークのファンである映画・音楽通は言うまでもなく、ここ最近続いている鬱陶しい梅雨空と曇った気分を吹き飛ばすにはもってこいの一作と、ぜひ多くの方にオススメしたい。