●『拾った女』(1953サミュエル・フラー)(蔵出し原稿)

2018年12月27日

ハリウッドの異色のB級映画監督サミュエル・フラーが、当時実際に起きたあるスパイ事件を下敷きにして作り上げたスリリングな犯罪活劇。

前科三犯のスリ、スキップは、ある日NYの地下鉄の中で、一人の若い女性キャンディから財布をスリ取る。彼女は、元愛人ジョーイの頼みでマイクロフィルムをある場所へ届けるところだったが、ジョーイの正体が実は共産主義国のスパイであり、そのマイクロフィルムには西側の重要機密が写されていること、そして彼女の行動がFBIによって見張られていたことなど、何一つ知らなかった。

一方、これまた中身を知らずに財布ごとマイクロフィルムを盗んだスキップは、その後ただちに情報屋のモーを通じて、FBIやキャンディが自分を追いかけ回すようになったことから、自分が偶然入手した品物の重要性に気づく。彼は、双方を天秤にかけながら自分に有利なように取引を進めようとするが、キャンディを通じての交渉では埒があかないと見たジョーイが、力づくで彼に迫ろうとしたことから、いよいよ彼らの間で生き残りをかけた闘いの火蓋が切って落とされることになる......。

東西の冷戦時代を背景に、西側の重要機密を写したマイクロフィルムをめぐって、FBIと、共産主義のスパイ組織、さらにはそのどちらにも属さないスリの主人公らが、それぞれの思惑を絡めながら激しい争奪戦を繰り広げる様子を、フラー監督は強烈なアクション・シーンを随所に盛り込みながら小気味よいテンポで綴り出していく。とりわけ、表立った政治の世界とは縁の薄い、社会の底辺でたくましく生きるスリや情報屋といったケチな犯罪者たちを映画の前面に据え、彼らの知られざる日常の様子をいきいきと描き出している点が、本作の最大の魅力といえよう(20世紀フォックスの大物プロデューサー、ダリル・ザナックはフラー監督から本作の構想を聞かされた時、「そんなせこいやつらを主役にしようってのか?」と叫んだという)。

リチャード・ウィドマーク扮する主人公のねぐらである、桟橋の先に佇む掘立小屋の独特の雰囲気や、情報屋を演じるセルマ・リッターが最期を迎える瞬間の何とも言えない寂寥感は、実に印象的で味わい深い。ちなみに、ヒロインを好演したジーン・ピータースは、本作の撮影中もずっとお忍びで彼女に付き添っていたハワード・ヒューズと、1956年に結婚する(ただし1971年に離婚)。

本作は、1953年のヴェネツィア映画祭で銅獅子賞に輝いた。また、フランスではマイクロフィルムの中身が麻薬にすり替えられ、『麻薬の港』と改題されて公開されたという。


[2016.5.6 拙ブログ「In A Lonely Place」にアップ。初出は、「フィルム・ノワールの光と影」(1999 エスクァイア マガジン ジャパン)]