レイ監督は、心が純粋なだけに脆く傷つきやすいボウイとキーチの運命的な出会いと悲劇的な愛の逃避行を、繊細きわまりない演出でみずみずしく描き出していく。社会の裏側で生きるアウトサイダーたちの姿を、冷たく突き放して描くことの多いフィルム・ノワールの作品群にあって、おそらくこの作品ほどロマンティックな魅力と人間的温もりに満ちた感動的な映画もまずないだろう。初々しい好演を披露したファーリー・グレンジャーとキャシー・オドネルの主演カップルは、『サイド・ストリート』(1950 アンソニー・マン)でも再びコンビを組むことになる。
もともと本作は、RKOの新しい製作主任にリベラルで進歩的な映画人ドーリ・シャリーが就任したことから企画が実現したものだった。けれども、1947年に本作が完成した翌年の1948年、RKOは反共愛国主義者の大富豪ハワード・ヒューズによって買い取られたため、彼とは政治的に相容れないシャリーは会社を去り、その余波で映画は長い間お蔵入りにされてしまう。当初の題名『あなたの赤い荷馬車(Your Red Wagon)』から『夜の人々(They Live By
Night)』へと改題され、映画がようやくアメリカで劇場公開されたのは、レイが既に監督第4作の『孤独な場所で』の撮影に取りかかっていた1949年11月のことだった。
[2016.10.20 拙ブログ「In A Lonely Place」にアップ。初出は、「フィルム・ノワールの光と影」(1999 エスクァイア マガジン ジャパン)]