●『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019 クエンティン・タランティーノ)

2019年08月30日

クエンティン・タランティーノの話題の最新監督作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が、いよいよ今日から日本でも劇場公開される。

https://bit.ly/2GSdVEs


筆者も、世の多くの映画ファンやサブカル好きとご同様、『レザボア・ドッグス』(1991)を引っ提げて現代の映画界にやんちゃ坊主よろしく登場したタランティーノには、痛快この上ない刺激と興奮を覚え、以後、良きにつけ悪しきにつけ、世界中のオタクたちに絶大な影響と波及力を持つようになった彼独特のユニークな映画作りとその動向を、長年ずっと、それなりの関心と注意を払って同時代的にフォローしてきた。ただ、ここ最近の彼の仕事ぶりに関しては、正直なところ、一体どうよ、という気持ちの方が個人的には強くしていて、これまでに何度か、皮肉交じりのコメントや、結構辛口の批判を発してきた。

それだけに、今回の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に関しても、観る前は期待よりも危惧の方が先に立ち、とりわけ、作品の長さが最近のタランティーノ映画の御多分に漏れず、またしても2時間半を超す長尺になると聞いて、大いに不安視していたのだが、やはり物語の舞台をタランティーノ自身が深く愛するハリウッドそのもの、そしてその時代を、映画やTVの世界のみならず、社会的にも大きな歴史の転換点となった1969年に設定したというのが大きく功を奏したのか、いざ映画を実際に見出すや、そうした余計な心配はいつのまにやらどこかへ吹き飛び、まさにタランティーノならではの映画愛溢れるワンダーランドを、今回は久々に心ゆくまで堪能することが出来た。

例によって、あのいつまでもダラダラと続くルーズな時間感覚と、瞬時の緊張を独特のリズムで組み合わせた彼特有の作劇術自体は、本作でも基本的にはそう変わらないものの、最近はただもう野放図に狂いっぱなしになっていた弛緩と緊張のバランス配分が、今回は適切に調整し直された上に、かつて実際にあった歴史的真実と映画的虚構を綯い交ぜにしたタランティーノ一流のハッタリの利いたホラ話が、一段と精妙かつ大胆不敵さを増し、この映画にかつてないほど多彩で幅広い要素を加味できたのが、本作の奇蹟的な逆転勝利の要因と言えるだろう。


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ラブ&ピースを楽天的に謳いあげたヒッピー文化華やかなりし1969年。時流の変化に取り残されていくのをひしひしと感じながら、自分はもう既に終わった過去の人間かも、と不安と苦悩に苛まれる落ち目のTV俳優リックに、レオナルド・ディカプリオ。そして、彼のスタント・ダブルを務める良き相棒にして、義侠心に富んだ優しいタフガイのクリフ役には、ブラッド・ピット。

2人の架空の登場人物たちが繰り広げる熱く切ない男同士の友情のドラマに加えて、タランティーノは、レオとブラピの双方に対して、もしあの時、運命の女神が彼らに微笑んでいたならば、あるいは彼らが成り得たかもしれない人生の成功者 ― 前者にとってはスティーヴ・マックィーン、そして後者にとってはブルース・リー ― をめぐる、他愛なくも愉快で笑える与太話を用意して、映画ファンを存分に楽しませ、かつ喜ばせてくれる。

そしてまた、レオが、新作TV西部劇の撮影現場で出会った、いかにもおませで聡明そうな子役女優と取り交わす対話は、彼が目下置かれている人生の苦境を何よりも集約的に物語る絶妙の会話劇となっていて、この場面は本作中の白眉と言うに留まらず、もしかするとタランティーノ映画史上、最も泣ける感動の名場面と言っていいかもしれない。

そして、この映画のもうひとりの主人公となるのが、いまやすっかりその名を広く知られるようになった実在の映画女優シャロン・テート。先に紹介したレオとブラピが、人生の悲哀やほろ苦さをも体現する、陰影に富んだキャラ設定を施されていたのに対し、当時、テートは、自らも新進の人気女優として売り出し中だった上に、『吸血鬼』(1967)への出演が縁となって恋仲となった気鋭の鬼才監督ロマン・ポランスキーと1968年に結婚したばかりで、まさに人生の幸福の頂点にあった。それだけに、本作でマーゴット・ロビーがキュートな魅力満点に演じるテートの登場場面は、どれも皆、まさにキラキラと輝いていて眩いばかりにチャーミング。

とりわけ彼女が、奇しくも自らの出演作『サイレンサー/破壊部隊』(1968 フィル・カールソン)を上映中のLAの映画館を訪れ、自らの出演場面を観客席から眺めながら屈託のない笑顔を浮かべるあたりが、何とも愉快で素晴らしい(ちなみに、ここでロビー扮するテートが見守る『サイレンサー/破壊部隊』の場面は、実際のテート本人が演技しているものをそのまま流用したもの。そして、この映画の"空手アドバイザー"として、撮影現場でテートらに武術の指導をしたのが、ほかならぬブルース・リーその人だった)。

そうした愉快なエピソードを積み重ね、観客の心をすっかりくつろがせて武装解除させる一方で、明るく開放的なLAの街に忍び寄り、次第に暗い影を投げかけるようになるカルト集団「マンソン・ファミリー」とブラピとの緊迫した接近遭遇の場面もしっかり盛り込み、緩急のリズムをつけながら、タランティーノ監督は、宿命のクライマックスへ向けて悠然と映画を進めていく。そしていよいよ1969年8月9日、ラブ&ピースの明るい夢と希望を一気に打ち砕く、「マンソン・ファミリー」による惨劇事件の幕がついに切って落とされることになるわけだが、そこから先はやはり、ぜひ見てのお楽しみとしておこう。

映画を見終わった後、ふーむ、今回はそうきたか、タランティーノ! まんまとしてやられたぜ !!  と、タランティーノの溢れんばかりの映画愛を深く実感すること、請け合いだ。

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* なお、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を存分に味わうための有益なガイドとして、以前、筆者が早々に布石として書き上げていた......、というのは無論冗談で、まさか今日、タランティーノがこんな映画を撮るとはついぞ知らぬまま、3年前に書いた、シャロン・テートのセクシーで健康的なビキニ姿を存分に楽しめる痛快無類の爆笑恋愛喜劇『サンタモニカの週末』(1967 アレクサンダー・マッケンドリック)の紹介記事が、以下のサイトで読めるので、ぜひこちらもご参照あれ(おっと、危うく言い忘れるところだったが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の劇中、新婚のテートとポランスキーが住むLAの豪邸の中に、この『サンタモニカの週末』のポスターも貼られているのが一瞬映し出されるので、それもどうかお見逃しなく!)。

https://bit.ly/2ztvSFz

ちなみに、この『サンタモニカの週末』には、シャロン・テートだけでなく、奇しくもイタリアの人気女優クラウディア・カルディナーレも出演しているので、タランティーノ・ファンならば是が非でも要チェック。それというのも、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開と上手くタイミングを見計らったかのように、タランティーノが深く敬愛する今は亡きイタリアの巨匠セルジオ・レオーネが、カルディナーレをヒロインに迎えて発表し、日本ではちょうど半世紀前のまさに1969年に劇場公開された壮大な叙事詩西部劇が、かつての邦題である『ウエスタン』を『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』と改め、上映分数165分のオリジナル全長版という形では初めて、今秋、本邦で劇場公開されることになっているからだ。

https://bit.ly/32iTgBJ

今回、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と併せて、こちらの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』も一緒に紹介するつもりでいたのだが、このまま続けると、また長くなってしまうので、それはいずれ改めて近日中に書いてアップすることにしたい。