●『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(1968 セルジオ・レオーネ)

2019年09月23日

先に予告していた通り、今回は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』について紹介することにしよう。

この映画は、かつて『ウエスタン』の邦題で1969年に日本でも劇場公開されたことがあるものの、その時の公開ヴァージョンは、実は上映分数が141分の短縮版。それからちょうど半世紀たった今秋、作品の長さが165分のオリジナル復元版、そしてその名も『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』と改題して劇場公開されることとなり、めでたく完全復活することに相成った。

https://bit.ly/32iTgBJ

既にDVDやブルーレイでは、この165分のオリジナル版が長らく流通しているものの、登場人物の顔を横長のワイド画面のフレームの上下から切れてしまうほど極端なクロースアップで映し出すかと思うと、今度は逆にキャメラ・ポジションをグイと引いて、広大なキャンバスの中で複数の人物たちを点景として捉える、あのセルジオ・レオーネ監督ならではのハッタリとケレン味に満ち満ちた独特の空間設計と編集のリズムを存分に味わうには、やはり劇場の大きなスクリーンで見るのが何より一番。

筆者も、かつて『ウエスタン』のスペシャル・コレクターズ・エディションの2枚組DVDが発売された際には早速喜び勇んで買い求めたレオーネ・ファンのうちの1人だが、今回、試写でこの『ウエスタン』改め『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』とスクリーン上で久々に再会を果たし、その壮大で華麗な作品世界を、良くも悪くもたっぷり満喫させてもらった。


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今は亡きイタリアの映画監督レオーネが、1964年、アメリカからクリント・イーストウッドを主演俳優に迎えて、本場アメリカ製のものとは似ても似つかぬ血腥い娯楽西部劇『荒野の用心棒』を世に放ち、当人たちも驚くほどの爆発的ヒットを飛ばして一躍世界中にマカロニ・ウェスタン(海外での呼び名は"スパゲッティ・ウェスタン")・ブームを巻き起こしたことは、既に皆もよく御存知の通り。以後、レオーネは、イーストウッドとなおも黄金コンビを組み、一作ごとに製作費や物語のスケールをアップさせながら、『夕陽のガンマン』(1965)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966)も相次いで大ヒットさせて、向かうところ敵なしの破竹の快進撃を続けていた。これらのいわゆる"ドル3部作"の製作経緯と内容紹介に関しては、筆者も以前、次の文章で詳述しているので、ぜひどうかご参照あれ。

https://bit.ly/2kubH6s


さて、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』は、"ドル3部作"を立て続けに大ヒットさせ、ますます意気揚がるレオーネが、前3作の製作費を総計したものをさらに上回る、300万ドルもの破格の巨費を注ぎ込んで生み出した壮大な叙事詩西部劇。

彼は、当時新進気鋭の若手監督だったベルナルド・ベルトルッチ、そして、当時はまだ監督デビューする以前で映画評論家として活躍していたダリオ・アルジェントを映画作りの新たな仲間に引き入れ、『アイアン・ホース』(1924)や『捜索者』(1956)など、ジョン・フォードの諸作品をはじめ、『真昼の決闘』(1952フレッド・ジンネマン)、『シェーン』(1953 ジョージ・スティーヴンス)等々、彼らお気に入りのハリウッドの名作西部劇の数々の要素をあれこれ拝借・引用しながら、物語の構想を膨らませていった。

かくして、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』は、ハリウッド製西部劇のさまざまなエッセンスが作品のここかしこに詰まった、ごった煮的な大作に仕上がり、それらの元ネタをレオーネが一体どのように彼独自の流儀で味付けし、料理しているか、それを今日、我々観客もあれこれ見きわめながらじっくり味わうことができるだろう。

ある時は、西部劇の偉大な先達に対する、気恥ずかしいまでに臆面もないオマージュ(先の"ドル3部作"と同様、本作も基本的にはスペインでロケ撮影されたものの、今回レオーネはそれだけでは飽き足りずに初のアメリカ・ロケを敢行して、あの数々のフォード西部劇でお馴染みの憧れの聖地に乗り込み、モニュメント・ヴァレーの悠然たる光景をしっかりキャメラに収めている)。

その一方で、またある時は、本来お約束であったはずの定番のネタを思いきり捻じ曲げたり、転倒させたりして、映画ファンの予測や期待を平然と裏切り、踏みにじることも、レオーネは嬉々としてやってのけてみせている(大体、この後者のパターンの方が多い)。

本作におけるそうした西部劇の伝統や偶像破壊の最たる例が、今や広く知られている通り、大胆不敵で思い切ったヘンリー・フォンダのキャスティングだろう。やはりフォード西部劇のお馴染みの古典的名作『荒野の決闘』(1946)であの名保安官ワイアット・アープに扮したのをはじめ、それまで数々の映画でアメリカの良心を体現する正義の味方を演じ続けてきた彼を、(『アパッチ砦』(1948 フォード)、『ワーロック』(1959 エドワード・ドミトリク)での憎まれ役といった先例もあるにはあるが)ここで初めて正面切って悪役に起用し、極悪非道の殺し屋集団の首領役を演じさせてみること。それが、本作におけるレオーネの何より最大の野心的挑戦であり、また大いなる楽しみの一つであったことは間違いない。

これから初めて本作を見る映画ファンたちのために、ここはぜひ見てのお楽しみということにして詳述するのは避けるが、御存知エンニオ・モリコーネの強烈で威圧的なテーマ曲をバックに、本作の中でフォンダが初めて登場し、その意外な正体と素顔を観客に向けて曝け出す場面は、やはり何とも衝撃的でドラマチック。ここで我々観客は、冷ややかに不敵な笑みを浮かべるフォンダのドアップの顔と対面することになるが、それと同時に、皆をアッと言わせて、してやったり、と悦に入る、レオーネ本人のニンマリとしたドヤ顔まで見ているような錯覚に囚われてしまう。

顔、ということで言えば、最初の方でも軽く紹介した通り、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』は、それぞれ個性的な面構えをした多彩な俳優陣の顔を極端なクロースアップで映した、顔、また顔のオンパレードで、観客の脳裡に強烈に刻み込まれる作品として有名。とりわけ、『真昼の決闘』の冒頭を模した約15分にも及ぶ本作の長いオープニングにおいて、列車の到着を駅で手持ち無沙汰気味に待ち受ける殺し屋3人組のうちのひとり、ジャック・イーラムのドアップの顔に、一匹のハエがうるさくまとわりつくさまを、レオーネはしつこいくらい時間をかけて延々と映し出す。映画のしょっぱなから観客にまるで我慢比べを強いるかのような、この最初の難関を無事くぐり抜けられるかどうかで、本作に対する評価は大きく分かれることになるだろう。

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さて、ここで再び、ハリウッド製西部劇からの拝借・引用という点に話題を戻すと、幾つものサブプロットから成る本作の物語の中心を貫く屋台骨として、とりわけ大きな役割を果たしたといえるのが、西部の荒野の町外れに自らの根城=聖域たる酒場を構え、近い将来、鉄道がすぐそばまで通じる日を待ちわびる男勝りの気丈夫なヒロインの身に降りかかる苦難を、鮮烈きわまりないタッチで描いた『大砂塵』(1954 ニコラス・レイ)。

(* この『大砂塵』については、やはり筆者が以前に書いた以下の長文をぜひどうぞ。

https://bit.ly/2mor7JW )


こうして、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』は、大陸横断鉄道の線路敷設工事が進み、アメリカ西部の町にも文明の波が押し寄せて、時代が大きな転換期を迎える中、落日を迎えた荒野の男たちが、血と暴力にまみれた死闘を繰り広げては、一人、また一人と姿を消していくさまを、レオーネ監督が、先の"ドル3部作"と同様、彼ならではの血腥さと男臭さムンムンのタッチで描き出す一方で、そんな彼らと入れ替わるように、新たな時代の夢と希望を担ってその地へ到来するひとりの美しい女性の姿を、時に切なく悲痛に、また時には崇高なまでに強く逞しく描き出し、レオーネ映画史上、初めてにして唯一無二ともいえる魅力的なヒロインが、ここに誕生することになった。

豪華多彩なハリウッド・スターの共演者たちに堂々と伍して、荒野の西部にしっかりと根付いて大輪の花を見事に咲かせる美しいヒロイン、ジルを官能的な魅力たっぷりに好演するのは、イタリアの人気女優クラウディア・カルディナーレ。先に彼女は、名匠ルキノ・ヴィスコンティの豪華絢爛たる時代絵巻『山猫』(1963)でも、次第に滅び行く貴族階級にとって代わる新興ブルジョワ階級の野性味溢れるヒロインを、どこまでも美しく自由奔放に演じていたが、本作でのジル役も、そんなカルディナーレにはまさにうってつけのハマリ役。

彼女を取り巻く3人の主要男性キャラクターのうち、土地の利権の独占を目論む悪徳資本家の手先として働く、殺し屋集団の首領フランクを演じるのが、先に紹介済みのフォンダ。一方、先の"ドル3部作"に主演したイーストウッドになり代わって、正体不明の謎めいたガンマンを寡黙に演じるのは、チャールズ・ブロンソン。イーストウッドが"ドル3部作"の中でたえず吸っていた細身の葉巻に代わって、ブロンソンが本作の劇中で口に咥えるのは、その役名ともなったハーモニカ。これは、先に紹介した『大砂塵』の中で、その原題でもあるタイトル・ロールのJohnny Guitarを演じたスターリング・ヘイドンが、銃の代わりにギターを持ち歩き、時にそれを自ら演奏してみせるのを模したものと言えるだろう。

そして、妙に愛嬌があって憎めない小悪党のシャイアンを演じるのは、ジェイソン・ロバーズ。彼はこの後、やはり開拓時代末期のアメリカ西部を舞台に、荒野の砂漠の中に奇跡的に水飲み場を見つけた中年主人公がたどる数奇な運命を、あのサム・ペキンパー監督が愛惜をこめて詩情豊かに綴った珠玉の寓話的西部劇『ケーブル・ホーグのバラード』(1970)に主演することになる。1970年の初公開時の邦題『砂漠の流れ者』から、1991年にリヴァイヴァル上映された時に現行のタイトルへと改題された点でも、この作品は、『ウエスタン』改め『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』と多くの共通点を持ち、いわばその隠れた姉妹編ともいうべき一作。ご興味と体力のある方は、これらを2本立てで楽しむのも、一興かもしれない。

そしてまた、これら豪華多彩な俳優陣による魅力的な競演もさることながら、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を語る上で何より欠かせないのが、言わずと知れた映画音楽界の偉大なマエストロ、モリコーネ。彼は、いましがた紹介した4人の主役陣それぞれに個性的なテーマ曲を書き分けている上に、冒頭の場面、駅で列車の到着を待つ殺し屋3人組の前にようやくブロンソンが姿を現わし、ハーモニカで不吉な音色を奏でるまでは、音楽は一切流さず、ドアが軋む音や、油の切れた風車がたてる耳ざわりなノイズなどの現実音を巧みにコラージュした先鋭的な音響設計も、これまた見事なものだが、何よりも素晴らしいのが、カルディナーレ扮するヒロイン、ジルのテーマ曲。彼女の登場場面に合わせて、そのテーマ曲たる優美なメロディがゆるやかに流れだし、そこへ甘美で切ない女声コーラスや管弦楽団が加わって、まるで天国へといざなうかのごときロマンチックこの上ないシンフォニーを奏で始めると......、筆者はただもう胸が熱くなって、この映画について細かいことをあれこれあげつらうのはもうやめにして、すべてをあるがまま黙って受け入れて許してしまおうと、つい柄にもなく殊勝で敬虔な気持ちに駆られてしまう。

『荒野の用心棒』を皮切りに、モリコーネがレオーネと鉄壁のコンビを組んで生み出した、これぞまさにマカロニ・ウェスタンのサントラというべき、あの思わず病みつきになる斬新でユニークな実験的音楽の数々も、もちろん素晴らしくて大好きなのだが、しかし本作におけるこのジルのテーマ曲は、モリコーネがこれまで半世紀以上にわたって作曲し続けてきた数多の印象的なメロディの中でも、一二を争う珠玉の名曲ではないだろうか(......これってなんだかもう、完全にファン意識丸出しで、それこそ筆者が先にレオーネについて指摘した、偉大な先達に対する臆面もないオマージュという奴そのものですね、いや、お恥ずかしい。ハハ。でも、この曲をこよなく愛する映画ファンは世界中に数多くいて、『遊星からの物体X』(1982)の映画音楽をモリコーネに依頼した映画監督のジョン・カーペンターはどうやら、それに先立つ自分の最初の結婚式で、花嫁と共に教会の祭壇に向かって歩く際に、この曲を流していたそうな)。

というわけで、皆さんもぜひ、このモリコーネの美しいメロディを、まずは予告編代わりに聴いて、心を清らかに浄めた上で、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を見に劇場へどうぞ。