●『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015 ジェイ・ローチ)(蔵出し原稿)

2018年12月29日

しばらく前に試写で見た新作映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の劇場公開が近づいてきたので、今回はそれを紹介することにしたい。

[*以前に紹介した日本版のオフィシャル・サイトが既に終了していたので、代わりに英語版のオフィシャル・サイトのアドレスはこちら→https://ur2.link/OTp3

この映画の主人公となるドルトン・トランボといえば、第2次世界大戦の終結後間もなく、今度は米ソの冷戦が始まる中、全米に吹き荒れた赤狩りによって、共産主義者ないしそのシンパとみなされて迫害を受け、1947年、下院非米活動委員会による見せしめのための弾劾裁判ともいうべき公聴会において、自らの政治的信条を明かすことを拒否して議会侮辱罪に問われ、やがて実際に投獄されることとなった10人の左翼映画人たち、いわゆる「ハリウッド・テン」の中でも、その名を最もよく知られた実在の脚本家(1905-76)。

この時代、上記の「ハリウッド・テン」以外にも数多くの映画人たちが赤狩りやブラックリストによって苦しめられ、つらく悲惨な体験を強いられる中、10カ月間の投獄生活を送った後も依然ハリウッドから追放状態の身にあり、すっかりもう映画史の闇へ消し去られたかに思われたトランボは、どっこい、この逆境にあっても、業界の底辺にいる独立系の映画製作者らと持ちつ持たれつの関係を結び、偽名を使ったり、他人の名義を借りたりして、なおもひそかに数多くの脚本を精力的に執筆し続けていた。まさかそんな裏事情があるとも知らず、やがて当のハリウッドが、『ローマの休日』(1953 ウィリアム・ワイラー)、そして『黒い牡牛』(1956 アーヴィング・ラパー)でのトランボの闇仕事に対して2度もアカデミー原案賞を授与するという、今日では既に多くの人によく知られたスキャンダラスな椿事まで出来する。そうした幾つかの事件が積み重なって、ハリウッドにおけるブラックリスト体制の底割れの実態と、その奥に広がる闇市場の存在が次第に世間にも明らかとなり、ブラックリスト体制が有名無実化していく中、1960年、ついにトランボは実名での脚本クレジットを再び手にし、ハリウッドに公式復帰を果たすことになるのだ。

つまりトランボとは、赤狩り、そしてブラックリストによる異端者排斥という、ハリウッドにとってはできればなかったことにしたい、悲惨で忌まわしい黒歴史の一時代がかつてまぎれもなくあったことを、彼と彼を献身的に支え続けた人々の不撓不屈の闘いを通して鋭く浮き彫りにした、きわめてドラマチックで象徴的な存在と言えるだろう。

映画『トランボ』は、そんな彼自身の苦難に満ちた波瀾万丈の映画人生と、ハリウッドの知られざる暗い過去を、さまざまな興味深い逸話を織り交ぜながら綴った"ハリウッド内幕もの"のドラマで、映画ファンならばやはり見逃せない一本。時に物語や人物設定が簡略化されて、実在の複数のモデルをひとりに凝縮して描いた架空の人物が登場するなど、必ずしもすべてが厳密に実録調で描かれるわけではなく、また後半は、トランボの家族中心のホームドラマに傾きすぎる気がしないでもないが、ともするとひたすら重くて陰惨な暴露話になりかねない難しい題材を、映画は小気味よいテンポで軽妙に料理していて、エンターテインメントとしてもなかなか楽しめる一作に仕上がっている。あの『オースティン・パワーズ』3部作 (1997-2002)を手がけたジェイ・ローチが本作の監督を務めているのは、筆者にとっても意外な驚きだったが、その人選は案外、題材にマッチしていて悪くないように思う。

映画『トランボ』における終盤のクライマックスは、片や、自らの独立プロで製作・主演した史劇大作『スパルタカス』(1960)を発表しようとしていたスター俳優のカーク・ダグラスと、他方こちらは、これまたトランボを脚本家に起用して、イスラエル建国の物語を綴った長編大作『栄光への脱出』(1960)を準備していたオットー・プレミンジャー監督の両者のうち、果たしてどちらが先にトランボの実名公表に踏み切るか、その先陣争いの様子が描かれることになる。共に強烈な個性とエゴの持ち主として知られたこの2人の映画人にとって、トランボの実名公表という問題は、純粋に義侠心に駆られた無私無欲の行為というよりは、むしろブラックリスト体制を打破する最初の英雄としての栄誉と名声を手に入れたいという打算と欲望も当然働いていたはずで、功名心にはやる彼らのライバル意識をトランボが巧みに煽り、互いに競い合わせつつ、ユーモラスに描かれている点が、何より面白い。

ちなみに、この映画『トランボ』の中では省略されて言及されないが、実は『スパルタカス』と『栄光への脱出』に挟まれる形ですっかりワリを食ってしまった映画が1本ある。それがこの時期、メキシコの地を舞台に、ダグラスの製作・主演、トランボ脚本で映画を撮ろうとしていたロバート・アルドリッチ監督の異色西部劇、『ガン・ファイター』(1961)。その件に関しては、2012年に刊行された「ロバート・アルドリッチ大全」(アラン・シルヴァー、ジェイムズ・ウルシーニ/宮本高晴訳)においてアルドリッチ全作品の解説を担当した筆者が、ざっと説明しているので、興味をそそられた方はぜひ同書を繙いてみて欲しい。

それ以外にも、本作にはさまざまな映画のトリビアや、あるいは、それをきっかけにしてさらに奥深いハリウッド映画史の地下水脈へと繋がる面白いエピソードの断片が随所に詰まっているので、まったくの素の状態で映画と向き合うよりは、事前にある程度、赤狩りや「ハリウッド・テン」などに関して予習・復習をして知識を仕込んでおいた方が、よりいっそう映画を楽しめるに違いない。映画の公開に合わせて彼の評伝「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(ブルース・クック/手嶋由美子訳)がつい最近邦訳されたばかりだが、他に映画『トランボ』の最良のガイドブックというべき日本語文献を挙げるとすると、やはり上島春彦氏の「レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝」が、何よりお薦め。あとは、同じく「ハリウッド・テン」のひとりでトランボの親友でもあった脚本家、リング・ラードナー・ジュニアの自伝「われとともに老いよ、楽しみはこの先にあり」(宮本高晴訳)、それから、「ハリウッドの密告者 1950年代アメリカの異端審問」(ヴィクター・S・ナヴァスキー/三宅義子訳)、「ハリウッドとマッカーシズム」(陸井三郎)あたりだろうか。

なお、既に告知が出回っているが、映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の公開と同名の書籍の刊行に合わせて、先に名を挙げた上島春彦氏と、トランボの評伝の編集を手がけた三宅暁氏の両者による無料のトークイベントが、以下の日時・場所で行われるようなので、ここにあらためて案内をしておきます。興味のある方は奮ってご参加をどうぞ。

https://ur2.link/OTkg

[*既にイベントは終了しています。いちおう念のため。]


*筆者としては、映画『トランボ』に合わせて、もう一つ別のネタでさらにこの文章を書き進めるつもりでいたのだが、このまま続けると、どーんと長くなってしまいそうなので、それに関してはまたログを改めて、近日中にアップする予定。

なお、赤狩りと「ハリウッド・テン」関連では、またいつもの繰り返しになりますが、以下の拙文もどうかご参照ください。

https://ur2.link/OTkl

https://ur2.link/OTkn

[2016.7.14 拙ブログ「In A Lonely Place」にアップ]