●“映画とセックスした男の全貌”を集大成した超豪華映画本「映画監督 神代辰巳」

2019年11月17日

「オズ、クロサワ、オーシマ、そしてクマシロ―― 『四畳半襖の裏張り』『赫い髪の女』など数々の日活ロマンポルノの傑作、70年代日本映画ベスト作『青春の蹉跌』をのこした伝説の映画監督、神代辰巳の全貌」と帯に謳われ、さらには、「映画とセックスした男の全貌」(!!) という、なんとも絶妙でインパクトのある惹句が目を引く映画本「映画監督 神代辰巳」が先月末に刊行され、早速巷で評判を呼んでいる。

「作品批評・対談等を集成、最新インタビュー(宮下順子、桃井かおり他)や、書き下ろし評論、未映画化シナリオも収録、巨大ボリュームでおくる初にして決定版のクマシロ大全!」と、これまた帯の紹介にもある通り、この本、なにせ中身がぎっしり詰まった盛り沢山の内容であるだけに、判型もデカくて重く、その上、定価も5桁に届く、超豪華にして高価な、なんとも桁外れの映画本なのだ。

かつて、山根貞男氏の映画論集「映画の貌」が、A5版で、頁総数約700頁、厚さが4cmにも及ぶ重厚長大なボリューム、そして何より、本体価格11,000円、当時の消費税の3%を上乗せした定価が11,330円となる結構なお値段で、ドン! とみすず書房から刊行されて、当時の映画ファンたちを思わずギョッと驚かせ、たじろがせたのが1996年のこと。

その後、同書に匹敵するようなボリューム、サイズを誇る映画本も、結構刊行されるようになったとはいえ、定価が1万円を超えるような値が張るものは、そうは滅多に発売されていないはずだ(こちらの知る限り、シリーズものを除く一巻本で最も高価な映画本は、今回の「映画監督 神代辰巳」の編集も手がけた国書刊行会の剛腕編集者・樽本周馬氏が、横尾忠則編集による幻の書を2009年に復刻増補して世に出した高倉健写真集の超豪華愛蔵本「憂魂、高倉健」で、本体価格だけで15,000円。さすがにこれは筆者もおいそれと手が出ず、敬遠して買ってません(苦笑)。

それから他にパッと思い浮かぶものでは、「ゴダールの全体像」や「ゴダール全評論・全発言」計3巻など、ジャン=リュック・ゴダールの関連書籍を長年にわたって懇切丁寧に邦訳し続けてきた奧村昭夫氏の最後の訳業となったアラン・ベルガラの約700頁に及ぶ大著、「六〇年代ゴダール」が2012年に筑摩書房から刊行され、これの本体価格が9,800円。当時の消費税8%、現在の消費税10%を上乗せすると、いずれにせよ定価は1万円の大台に到達する。「映画の貌」も「六〇年代ゴダール」も、筆者はすぐには手が出ず、刊行後しばらくしてから古本屋で見つけ、ようやく入手した次第)。

これに対し、今回の「映画監督 神代辰巳」は、頁総数が704頁と、本の厚さは「映画の貌」や「六〇年代ゴダール」とほぼ同じながらも、判型がB5版とサイズが一回り大きくなり、それに見合う形で、本体価格が12,000円、消費税10%を上乗せすると定価は13,200円と、お値段もさらにアップ。

ディープな映画ファンや本好きに対し、まるで挑戦状を突きつけるかのような、この不敵で威圧的な大冊の出現に、うーむ、さてどうしよう...と、筆者も自分の寂しい懐具合と相談しながら、しばし躊躇したものの、一応こちらも神代映画は既に全部観ていて、彼のファンということでは人後に落ちないつもりではいるし、やはりこれはもう買うしかないでしょ、と腹を括り、えいやっとばかり大枚をはたいて、この超豪華本を購入してしまった。

そしてここ最近、仕事の合間に暇を見つけてはひたすらこの本をせっせと耽読しているのだが、なにせ中身がぎっしり詰まっていて読みどころ満載なので、なかなか前へ進めず、いざ読み始めてから、もうかれこれ半月近く経つのに、目を通したのは、ようやっと3分の2程度。これには、本がとにかくデカくて重く、外へ持ち歩くことが到底不可能ということも多分に影響していて、外出する際にはやむなく、この「映画監督 神代辰巳」の代わりに、筆者が所有している別のさまざまな関連文献を持ち歩いて、そちらを読み直すようにしているのだが、今回の新著を作る際の最大のベースとなった、雑誌「映画芸術」1995年夏号の〈追悼 神代辰巳〉のバックナンバーは、このところずっとカバンに入れて持ち歩いているせいで、ますますよれてくたびれた状態になってしまった。

この調子では、この大冊を読み終えるのに、まだまだ時間がかかりそうなので、今回のブログ記事ではひとまず、この本の中身を紹介する代わりに、さまざまな映画本の外観の見比べ実験をもう少し続けさせてもらうことにしよう。

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さて、この「映画監督 神代辰巳」は、先にも述べたように、通常の映画本に数多い、手ごろな単行本サイズである四六判や、それより少し大きいA5版をさらに上回る、B5版の判型で、雑誌や辞典類を除くと、これまでの映画本にはついぞなかった特大サイズかと思いきや、実はまだほかにも先例があったのですね、これが。手持ちの映画本の中で見つかったそれらの3冊を「映画監督 神代辰巳」と一緒に並べてみたのが、こちら。

ひとつは、「作家主義」の映画批評のバイブルたるお馴染みの名著「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」。邦訳本の出版社は晶文社で、初版は1981年。次いで、リブロポートが1987年に出版した「映画監督 中川信夫」。そして最後の1点は、ワイズ出版が1999年に刊行した「映画監督 増村保造の世界」(2014年には2分冊で文庫化もされた)。これらの3冊もまた、「映画監督 神代辰巳」と同様、写真をふんだんに用い、各ページの文字組や図版のレイアウトをはじめ、1冊の本の全体から細部の隅々にまでわたって、創意工夫に満ちた編集とデザインのセンスが見事に発揮された贅沢な装丁本。

「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」の造本を手掛けたのは、晶文社の伝説的ブックデザイナー、平野甲賀氏。そして、「映画監督 中川信夫」と「映画監督 増村保造の世界」の造本を手掛けたのは、これまた日本を代表するブックデザイナーのひとり、鈴木一誌氏。同氏は、今回の「映画監督 神代辰巳」のブックデザインにも関わっていて、これら3冊の書籍の雰囲気や佇まいがどこか似通い、共鳴し合っているように見えるのも、なるほど道理で、と納得する次第。なお、この「映画監督 神代辰巳」の中には、神代監督の遺作となったビデオ『インモラル・淫らな関係』(1995)を論じた同氏の批評文も収録されている。

ちなみに、ここで洋書にも目を向けると、海外では弁当箱ほどの分厚い映画本や、カタログや画集に匹敵するサイズの豪華本の出版も、結構大きく幅を利かせていて、以前の拙文で紹介した大判の豪華ヴィジュアル本「ウェス・アンダーソン・コレクション」などもその一例。

https://bit.ly/37cnHgr

この手の洋書は、何せデカくて嵩張るし、1冊だけでもキロ単位の重量があってドンと重く、ただでさえ狭い筆者の住空間をたちまち侵食してしまうので、個人的に欲しいものはいろいろあれど、こちらの方角には普段あまり目を向けないよう自重してます、はい。


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さて、こんな具合に、筆者が職業柄、長年こつこつ買い集めるうち、ついあれこれ溜まってしまった映画本の蔵書のごく一部を紹介してみた。先にも述べたように、筆者は目下、今回の本来の主役たる大冊「映画監督 神代辰巳」を、既に以前読んだことのある文章も含めて、とりあえずは通読してみようと励んでいる真っ最中。しかしまあ、ひとりの映画作家の仕事なり人生を一冊の中に凝縮したこの手の分厚い映画本を、頭から最後まで律義に全部目を通さずとも、読み手の側で各自、必要なところだけ適宜拾い読みし、あくまで簡便なガイドブックとして活用するやり方だって、当然あってしかるべしで、筆者としても、ここに紹介したものの全部が全部を熟読し読破したわけでは無論ない。たえず参照すべき必須文献として、幾度となく読み返すものもあれば、あまり大きな声では言えないが、買った時にパラパラ頁をめくったきり、長らく本棚に埋もれたままのものも、なくはない。

今回の拙文の最初の方では、本の値段をネタの俎上に載せるなどという、つい不謹慎ではしたない真似をしてしまったが、市場の需給バランスから算盤ではじき出された個々の本の値段を、はたして高いと思うかどうか、そしてまた、それを実際に買ってみてしっかり元が取れたと思うかどうかは、受け手の側がいかにそれを有効活用できるかに大きくかかっていると言えるだろう。

そしてまた、その一方で、映画本の場合、本を通読すれば、はい終わりとなって、それで自己完結するものでもなくて、そこからまた映画好きの読者、あるいは本好きの映画ファンは、その本の中で取り上げられている映画と新たな対話をするきっかけを与えられるはずだ。「読んでから見るか、見てから読むか」といえば、かつて一世を風靡した角川映画の有名なキャッチコピーだが、筆者自身、これまで長年にわたって、あれこれの映画本を読みかじりながら、さまざまな映画を見たり、ある1本の映画を見た後で、その作品についての各種文献にあたり、時と場合によってはまた改めて映画を見直したり、という往還作業をずっと繰り返してきた。

今回の「映画監督 神代辰巳」の刊行にあたっては、それと時を同じくして、東京の名画座シネマヴェーラ渋谷で神代辰巳監督の特集上映も開催されたが、筆者は、既に神代映画全作のコンプリート鑑賞はとうの昔に済ませ、その後も折にふれては名画座や自室で神代映画を見返し、4年前にやはりシネマヴェーラ渋谷で行なわれた、没後20年記念のより大規模な同監督の特集上映会の際にも、結構多くの作品を再見、ないしは三見以上していたので、今回の特集上映にはあまり足を運ばなかった。けれども、いざ「映画監督 神代辰巳」を買って読み進めるうち、神代監督の映画やTV作品をまたあれこれ見返したくなって、手持ちのコレクションで、つい1本、さらに1本と見返すうち、またぞろ、以前のハワード・ホークスの個人的な復習の時と同様、すっかりドツボにはまりつつあるマズイ予感が...。

https://bit.ly/2NVIld0


この先「ぬけられます」という看板と、軒先に佇む妖しくも蠱惑的な女性たちの呼び込みの声に誘われて、ついうっかり赤線歓楽街の路地に足を踏み入れたが最後、快楽学園のけものみちに迷い込み、赫い髪の女や赤い帽子の女、指を濡らす女に噛む女、離婚しない女、はたまた少女娼婦やミス・ロンリーなど、さまざまなおんなたちが待ち受ける四畳半で、インモラルで淫らな女地獄の禁じられた遊びや、一条さゆり、美加マドカの濡れた欲情や特出しをかぶりつきで楽しむうち、嗚呼!悶絶 !! 恋人たちは濡れた、森は濡れた、そしてわたしも濡れた! となってどんでん返しを経験した末、あわれ昇天し、遠い明日やアフリカの光に思いを馳せながら、青春の蹉跌の苦さと棒の哀しみをじっと噛み締めるばかり...、って、いったい自分でも何を言ってるんだか(苦笑)。いずれにせよ、この先しばらくまた筆者は、日本映画界が世界に誇る屈指の名匠・神代辰巳監督のユニークで奥深い作品世界にどっぷり浸って、そこからまだまだ抜け出せそうにない。

『赤線玉の井 ぬけられます』
『赤線玉の井 ぬけられます』

しかし、ふと気が付けば、国書刊行会から早くも次の映画本として、サイレント映画研究の第一人者ケヴィン・ブラウンロウによる古典的名著「The Parade's Gone By」が、宮本高晴氏の邦訳により、「サイレント映画の黄金時代」の題名でついに刊行されるという近刊予告が出ているではないか。 映画ファン、そして本好きのひとりとして、それ自体は大変喜ばしい出来事だが、しかし、この本、「映画監督 神代辰巳」よりは、本の判型が一回り小さいA5版とはいえ、総頁数は「映画監督 神代辰巳」をさらに上回り、なんと900頁という超特大ボリューム! うーむ、困った。さて一体どうしよう...。