あらゆるものに数がある。正義に数があり、欲望に数がある。貪欲にも裏切りにもそれぞれの数がある。だが貪欲や裏切りがたくらまれた瞬間、そこにはもう数がなくなってしまうが、私たちが手にし、失う、その量を示す数は残る。ただし、それは夢みる人びとの国での話だ。この国で夢みる人びとは、正義と欲望が数と同じくらい確かだという夢をみる。不眠症の国では正義も欲望も単なる夢にすぎず、捨て去られるのがオチだ。私は最初の国で生まれ、二番目の国に帰った。両方とも同じ一つの国なのだ。その名はいうまでもない。 スティーヴ・エリクソン「ルビコン・ビーチ」(島田雅彦訳)

上島春彦氏の圧巻の新著「鈴木清順論 影なき声、声なき影」を前回紹介したのに併せて、今回は、筆者が以前書いた清順関連の文章をここにまとめて蔵出しすることにします。従来流布してきた清順の神話的映画作家像を鮮やかに刷新し、「むしろ知らない清順の顔をそこに存在せしめる」上島氏の瞠目すべき著書が出た以上、本来ならここで筆者も、改めて構想をイチから練り直して新たな清順論に取り組む必要があるものの、前回も書いた通り、上島氏が長年の歳月をかけ、心血を注いで完成させた金字塔的傑作を前にして、こちらは、今はただもう圧倒されるばかりで、その内容を充分理解・咀嚼するまでには、まだまだ時間がかかりそう。

『すべてが狂ってる』(1960)とはいかにも鈴木清順の映画にふさわしい題名だが、彼独自の過激で奇矯な作風は、初期のこの時点ではまだ、作品の枠組みそのものを解体してしまうほど十全に開花しているとは言い難く、むしろ、会社からのお仕着せ企画をいかにテンポのいい演出で軽快にさばくかという職人監督としての彼の技能が際立ってみえる。とりわけ、新旧異なる世代の複数の登場人物たちの運命がすれ違い、交錯するさまを、素早いパンやズーム、長廻しの移動撮影など、多彩な技法を駆使しながら躍動的に描き出すキャメラワークが素晴らしい。

映画というのは奇妙なもので、発表された時には、ベスト10はおろか、妥当な評価すら得られなかったのに、時の経過につれて、しだいに評価が上ってくる ― または記憶にこびりついて離れない、そういう作品群がある。 そうしたことは別に映画に限ったわけではないのだが、極端にいえば、映画は一瞬の花火みたいなものだから、それが、よけい不思議に感じられるのであろう。 ヒッチコックの作品群、マルクス兄弟の作品群、ハンフリー・ボガートの出演作品群が、おのおの巨大な星雲のように見え、また多くの研究書が書かれているのは、それらのフィルムをくりかえして見られる場所においては当然の成行である。...

映画本「フィルムメーカーズ」シリーズの最新号、佐々木敦氏責任編集による「㉑ジャン=リュック・ゴダール」に、筆者も幾多の執筆者たちに交って参加し、『勝手にしやがれ』(1959)に先立つゴダールの最初期の短編5本についての文章を書きました。「すこぶる批評的な、唯一無二のゴダール論集」と氏も太鼓判を押しているので、どうかぜひ同書を手に取ってご一読ください。

●追悼 森﨑東

2020年07月21日

日本映画界きっての異才監督のひとり、森﨑東が、この7月16日亡くなった。享年92。先日のエンニオ・モリコーネに続いて、筆者の長年敬愛する大切な映画人がまたしてもこの世を去ってしまい、なんとも残念でならない。

①森崎東党宣言!(藤井仁子編)②ルイス・ブニュエル(四方田犬彦)③溝口健二著作集(溝口健二著、佐相勉編)④メロドラマ映画を学ぶ ジャンル・スタイル・感性(ジョン・マーサー+マーティン・シングラー/中村秀之+河野真理江訳)⑤ニコラス・レイ読本 We Can't Go Home Again(土田環編)⑥ロバート・クレイマー1964/1975(遠山純生編・著)⑦映画 果てしなきベスト・テン(山田宏一)⑧中子真治SF映画評集成(中子真治)⑨映画に耳を(小沼純一)⑩不眠の森を駆け抜けて(白坂依志夫)

巨星、ついに墜つ。映画音楽界きっての偉大なマエストロ、エンニオ・モリコーネが、この7月6日に死去したとの訃報が昨日届いた。享年91。